「アリスちゃんはさ〜、普段ってナニしてる

子なわけ?」


 カウンターの席を指定した林は、座って早

々そんな事を聞いてきた。


(ちょっと、顔近いよ……)


 バレない程度に状態を反らしながら、私は

ふにゃりと甘えた笑みを見せる。


   


「実は普通のOLなんですよぉ。どうしても

留学費用が必要で……。ココでバイトするの

は、誰にも内緒なんですけど……」


 この手の質問に対する答え方は、さんざん

しーちゃんにレクチャーされてきたんだ。

 儚げに。弱弱しく。つけいる隙を見せなが

ら……っと。


「ふ〜ん、Wワークか。大変だねえ。……じ

ゃあ、チップはずまなきゃね」


 男は意味ありげに口元を緩め、私の肩を引

き寄せる。


「うふふ。キミ次第だけど」


「……あ……はは。アリス、嬉しいなぁ……」


 私は引きつった顔を隠すように両手で頬を

挟みながら、精一杯の高い声を出してみせた。


(……とりあえず、ツカミはOKだよね……)




 そこから林は取り留めない会話を永遠に続

ける。


 ウェブデザインの仕事をしてる、とか。

 近々ヒルズにマンションを買う、とか。

 元カノがモデルだった、とか……。


 独身男性の見栄のオンパレードといった感

じの話題は、笑顔と相づちだけで十分に交わ

すことができた。



 今のところ変わった様子はナイ。

 妖力も感じられないし、特に怪しい行動も

なくて――。



(本当にこの人妖力者なの? 勘違いでした

……なんてオチじゃないよね……)


 さっきから抱き寄せられっぱなしの肩。

 振りほどいてイイものか分からなくて、私

はずっと林に寄りかかったままでいる。


(うぅぅ……。アナスイのワンピ1枚じゃ割

りに合わないよぉ……)


 好きでもない男に触れられることが、こん

なにも不快なものだったなんて。

 今まで経験したことのない嫌悪感に、体中

が凍りっぱなしだ。



「――それにしても、アリスちゃんは本当に

カワイイな〜」


 林は舐めるように私を見つめて、気味悪く

目を細める。


「まずルックスがさ、ボクのドストライクな

んだよね〜」


 そりゃそうでしょう。

 リサーチ済みだもの……。


「それに、その甘ったるい声。鳴かせたくな

っちゃうな〜」


 ……うわ、ヤダ。

 どういう意味よ……。


「極めつけは、この香り……」


(きゃー!)


 グイッと更に胸元に抱き寄せられて、私は

慌てて顔を背ける。


「アリスちゃん、いい匂いするね〜。これ何

の香水?」


「……え、あの……私、香水はつけてないで

すよ……。あはっ……シャンプーかなぁ……」

   


「何か、チョコレートケーキみたいな匂いだ

ね。う〜ん、食べちゃいたいな。ボク」


 そう言うと林はもう一方の手で私の顎を持

ち上げ、そのまま顔を近づけてきた。



 え……ちょっと……。

 ちょっと、待ってよ……。


 さすがに……ソレは嫌……だって……。



(……ぎゃー!!……)






 ガララン ラン ラン!


 唇が触れ合う直前。

 まさに危機一髪のところで。

 派手な金属音が鳴り響く。



 振り向くと私たちの足元にはアイスペール

がひっくり返り、山のような氷がキラキラと

散らばっていた。


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