「あ、しーちゃん。タバコ終わったの?」


 私が向けた笑顔をを完全に無視して、しー

ちゃんはこちらに手を伸ばすと、開いていた

私の携帯をパタンと無言で閉じた。

 そしてツンツン頭の男子に改めて向き直る

と、柔らかい表情を作る。


「この子、うちのサークルの子なんだ」


 だからもう間に合ってる――と続けて、肩

に置かれたその人の手に、チラリと視線を投

げた。


 慌てて手を引っ込める男の子。

 気の毒に、何かイヤな汗までかいてる。


「そっか、そっか! じゃ、もし興味をもっ

たらソコに書いてある番号にテルしてよ!」


 ええ!? ちょっと!

 もう少し粘ってもイイんじゃないの?


 先ほどまでのシツコイ態度とは打って変わ

って、あっさりと退散してしまった彼。

 入り口付近で遠巻きに見ていたらしい友人

と合流すると、「だから、言っただろ?」な

んて小突かれて、ラウンジから逃げるみたい

に姿を消す。


 次のイベントの時に、連絡くれるって言っ

たくせにぃ……。


 肩透かしを食らって、思わずため息がもれ

た。




「インカレ、オールラウンドね……。要は、

出会い系サークルじゃん」


 私から取りあげたビラを一瞥して、しーち

ゃんが不機嫌な顔でそう呟く。


「……う……何でダメなのよぉ。『うちのサ

ークルの子』なんて、嘘までついて……」


「ふ〜ん、何? はこういうのに参加し

たいワケ? ムリヤリ飲まされて、適当に回

されて、痛い目に合ってもイイんなら止めな

いけど?」


   

「しーちゃんってば、大げさな……」


 クシャクシャっと丸められたビラを両手で

受け取って、私は唇を尖らせながらしぶしぶ

ゴミ箱に放った。


「だったらホントに、しーちゃんの入ってる

サークルに連れてってよ。たまにはイイでし

ょ?」


 ジャケットの裾を引っ張って、可愛くおね

だりしてみたのに、しーちゃんは相変わらず

仏頂面を崩さない。


「絶対、ヤダ。連れてくと、何かとメン

ドイし」


 メンドイって。20年近くもそばにいる幼な

じみに、吐くセリフかしら……。


 思わず乾いた笑いをもらした私だけど、次

のしーちゃんの言葉に恐縮せざるをえない。


「それにこの前、おじ様にお小言もらったば

かりなんだよね。最近、武道の稽古サボ

リ倒してるでしょ? 監督不行き届きだって、

僕が責められるんだけど」


「うぅ……。ゴメン……」


 素直に謝るしかなかった。




『天子てんし』の称号をもつ貴重な存在らしい私を、

しーちゃんは幼い頃より護る役目を担ってい

る。

 名目は、ボディーガード。

 現実は、お世話係。


 一族のしきたりや、家柄の上下関係も加わ

って、しーちゃんは『天主てんしゅ』と呼ばれたウチ

のお父さんには頭が上がらなかった。


 非常に迷惑をおかけしているだろうことを、

いちおう自覚はしてる。

 でも、ゴメンね。しーちゃん。

 あんまり、改めるつもりはないの。




「……。行こっか、そろそろ」


 打っても響かない私に、半ば諦めムードを

漂わせて、しーちゃんはサッサと身を翻す。


「あれ? 蒼くんがまだなんじゃ……」


 ココに集合して、3人で我が家に向かう約

束になっている。

 まだ姿が見えないんだけど……。


「あっ、蒼はとっくに終わってるよ。ちょくで、

正門前ってコトにした」


「ん? 何で?」


「例のごとく、吐いててさ」

 
 あ…………。

   

 しーちゃんの言葉に、胸がズキッと痛む。


 私ってば、サークルだなんだって、何を浮

かれていたんだろう。



 昨晩、蒼くんは『浄化』っていう大仕事を

終えたばかり。

 忘れていたわけじゃないのに――。



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