◆    6.「Hするんだから!」っていう決意



「もうすぐやねぇ、クリスマス。何かこの曲

かかると、今年もキタッ! って感じになん

ねんなぁ」



 新宿地下街の小さなカフェ。

 店内に流れるマライアキャリーの弾むよう

な唄でリズムをとりながら、奈良ちゃんは目

をキラキラと輝かせた。

 仕事帰りの午後6時30分。

 お腹がペコペコだった私は、運ばれてくる

や否やでモンブランを頬張る。



 今日、空いてる?

 終業と共にそう誘ったのは私だった。

 合コンで迷惑をかけちゃったお侘びにって、

夕飯を一緒にと思ったんだけど……。

 残念なことに奈良ちゃんには『朱理』って

いう先約があったの。


「ほな、待ち合わせの時間まで付きおーてく

れへん? せっかくやしお茶ごちそうになる

わぁ」


 だったら……なんて思って、私もその後の

時間を蒼くんと過ごすことに決めた。

 デートを控えてテンション高めの私たちは、

ソファー席に腰を沈めた瞬間からガールズト

ークに華を咲かせる。




「ねえ。イヴはやっぱり、朱理と過ごすの?」

   


 奈良ちゃんのご機嫌な感じから100%の

確信をもって聞いてみると、彼女はピースサ

インを口元に当てて答えた。



「ふっふっふ〜。先週の合コンで約束させた

で。あいつ学生やのに車持ってんねんって。

お台場のイルミネーション見にいくんや」



「うわぁ〜。奈良ちゃんってばさすがっ。ツ

リーに海に観覧車かあ〜。いいなぁ、すっご

くロマンティック」



「まあなぁ。でもあたしは、ほんまは場所な

んてどこでもエエねん。ベタなムード作りっ

てゆーか。夜までしっかり盛り上がれるかが

カギやろ?」



「んん?」



 夜って?

 ピンとこなくて思わず首を傾げながら、残

しておいたマロングラッセを口に運ぶ。

 ケーキ皿のクリームをきれいにフォークで

からめとり、さっき並べられたばかりのモン

ブランを跡形もなくお腹に納めた私をまじま

じと見て、彼女は半ば関心したように「ほぉ」

と呟いた。



「ってば、ようそんなガッツリいけん

なぁ。いやあたしも、普段はそんなんやけど。

さすがにイヴっていう勝負どころを前にする

と、自然と食欲も落ちるもんとちゃう?」



「え、何で??」



「何でって、気になるやろ。1キロでも、1

センチでも細く見せたいやんか。特に初エッ

チなんやし。カレシにプヨってる〜とか思わ

れたら、イヤやない?」



 ま〜、あんたの見かけによらず男前なとこ

好きやけど――なんてフォローを入れる奈良

ちゃんのオーダーは、気づけばコーヒーだけ。

甘いもの大好きなはずなのに、それもブラッ

クだし。

 この選択にそんな深い意味が含まれてるな

んて思いもよらなくて、私は慌てて生クリー

ムたっぷりのキャラメルラテのカップを置い

た。

 いやもう、かなり手遅れなんだけど。



「うぅ〜。そっか。そうだよね! お腹ぷよ

ぷよなんてマズイよね」



 ウエストの脂肪をギュッとつまみ、今まで

何にもしてこなかった自分を恨めしく思う。

 この体を蒼くんに見せるかもしれない……

なんて。

 考えてなかったわけじゃないけどあまりに

も毎日がいっぱいいっぱいで、そんな日がく

ることに現実味がなかった。

 クリスマスイヴに初H。

 女の子にとっては理想のシチュエーション

かもしれない。



「ねえ、やっぱり……する……かなぁ?」

   


 慣れない会話にモゴモゴ口ごもりながら尋

ねてみると、奈良ちゃんはニコッと優しく笑

んで逆に私に投げかける。



「はどうやの?」



「え……」



「あんたはカレシとエッチしたいん? 何だ

かんだ言ったって、それが一番大事やろ?」



 相手のために受身になるだけなら意味がな

い。イベントだからなんて流されないで、自

分がそうなりたいと心から思った時にGOサ

インを出せばいいんだと彼女は言う。



「私は……」



 蒼くんが好きで好きでたまらない。

 早く特別になりたくて、確実な何かが欲し

くて。お見合いを前に、彼に一線を越えて欲

しいって強く願ってる。

 ちょっとしたことじゃ揺るがない。簡単に

は切れない関係になりたくて、心だけじゃな

く躰もちゃんと繋ぎたいの。

 怖い……のも、もちろんあるけど。

 どんだけ痛いの!? とか、かなりドキド

キだけど。

 それ以上に、何があっても大丈夫っていう

安心感が得たくて仕方ないんだ。

 うん、私。蒼くんと絶対にHしたいっ。

 っていうか……絶対にするっ!!

 心の中で強く決意し、私はキョロキョロと

辺りを見渡した。

 ディナーメニューがないのもあって、この

時間の店内はガラガラ。

 奈良ちゃんにあのことを聞いてみるなら……

今しかない!

 前かがみになって、少し声を潜める。



「ねえ、Hの時って服は自分で脱ぐもの?

ほら下着とか……タイミング難しそうじゃな

い?」



 幼稚な質問で笑われるかなって思ったのに、

彼女は意外にも真剣なカオで答えてくれる。

 

「うん、ソレ。あたしも最初悩んだわ〜」



 コーヒーを一口、コクンと音をたてて飲む。



「え? 奈良ちゃんも?」



「何や考えすぎると手足が固まるんよね。ほ

らここで肩あげなきゃあかんかなぁとか、自

分から足抜くんもどうなんやろ〜とか」



「うん、うん」



「でも振り返ると、そんなん一瞬やで。たい

ていの男は、何やうまいことブラとか外しよ

るし。どこで練習してきたん!? って、思

わずツッコミ入れそうになるねんもん。だか

ら身を任せて大丈夫」



「そっか……」



「シャワー浴びてからのパターンやったら、

バスタオル1枚で出てけばエエねんけどな」



 パターン??

 それって女の子の方で選択可能なもの?

 できればもちろんシャワー後希望だけど、

タオル1枚で蒼くんの前に飛び出すのも恥

ずかしい気がして、妄想だけで卒倒しかけ

た。

 うぅぅ。大丈夫かなぁ、私。

   

 のぼせる頭を落ちつかせたくて、無意識

にお冷をガブ飲みする。



「……じゃ、じゃあさ。お風呂パターンの

場合なんだけど、メイクってどうするの?

落とすもの? でもスッピンなんて考えら

れなくない?」



「はいけるんちゃう? 肌キレイやも

ん。かえって男はフルメイクは引くらしい

で。まあ、あたしやったらミネラルファン

デにグロス必須やけど」



「なるほどぉ。あ、あとね……」



 まだ出るか! っていうくらい、私は初

Hの疑問・質問をぶつけてしまった。

 よく考えたら今まで、こんな話ダレとも

したことなかったの。

 奈良ちゃん先生は優しくて、何を聞いて

も絶対に笑いとばしたりしなくて。素直に

恥ずかしい部分も見せることができた。

 おかげでずいぶん、楽になった気がする。

 あとは蒼くんにその気になってもらうだ

け……なんだけどぉ。

 案外、それが一番難しかったりする??
 




 そして7時45分。

「そろそろ……」と時計を気にして立ち上

がった彼女は、最後にこうまとめたんだ。



「でもあんま気負わず、は身を任せて

ればエエと思うよ。相手はあの『紫己』や

ろ? 女経験かなりありそうやし、ソツな

くリードしてくれるって」



「!? ちょっと、待って! 知ってるの、

しーちゃん!?」



「知ってるもなにも、『REAL』の看板

モデルやん。あんた迎えに来た時に、一発

で分かったわ」



「ち、違うの! あれは……」



「あぁ、大丈夫やで! 何も言わんで」



 彼氏とかじゃないの〜! ってちゃんと

否定したのに、奈良ちゃんは「はい、はい」

となだめるような口調で返してくる。



「あーゆう業界って、色々うるさいんやろ?

あたしはミーハーやけど、友達のことやっ

たら言いふらしたりせんから安心しとき」



 口にチャック! なんて悪戯っぽく笑ん

で慌ただしくレジへと向かう彼女の背中を、

私は呆然としながら見送った。

 うわー、どうしよう。完璧に誤解されて

るみたい。でも何をどこまで語ればイイの?

 しーちゃんとの関係を説明する言葉には、

昔からいつも悩まされる。



 『カノジョじゃないなら一緒にいる必要

ないんじゃない?』『たんなるお姫さま気

取り?』『それで他の男が好きとかありえ

なくない?』



 話しても理解されなくて、クラスの女子

とこじれたコトもあったから。ちょっとト

ラウマ気味に口をつぐむ。

   

 奈良ちゃんとはずっと仲良しでいたい。

 変に勘ぐられるのはイヤだったんだ。


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