【直近のあらすじ】

  クリスマスイブにやっと結ばれたと蒼。でも次の日、紫己は婚約者としての前に現れる。
  自分の為とはいえ特別な愛情もなくエンゲージリングを差し出す紫己に、は妙なイラつきを感じていた。
  そんなある日、奈良ちゃんを振った朱理が大学に姿を見せた。天力者の事情をよく知り、を美味しそうだという朱理。
  よく見ると異様なオーラが滲み出ていて……。妖力者じゃないかと警戒する。
  は蒼にも紫己にも頼れず、自分の力だけで全てを解決しようと決めた。そして蒼と約束していた屋上に向かう。


 ◇     5.危うい覚悟   〜 蒼 〜  


 と大学で昼を食うのは、たしか1ケ月ぶり。
 普通のコトを当然のようにできる事実が嬉しくて、小走りで待ち合わせ場所に向かう。
 教育学部1号館の屋上。
 長い髪を大きくなびかせながら、フェンス越しに霞がかった新宿のビル方向を眺めているが見えた。
 人影はその一つしかない。そこだけはしっかり確認して――。

「悪い。待たせた」

 予定10分遅れで駆けつけた俺は、躊躇いなく背中を抱きしめる。
 構内でよくこんな恥ずかしいコトができるなって、自分でも信じられない。
 でもの反応はその上をいっていて、振り返るなり無言でついばむようなキスを返してきた。

「うわっ! どーした!?」

 冷静を保てずに奇声をあげてしまう。
 跳ねる心臓を悟られまいとふわふわの髪を指の腹ですくい上げると、冷えた肩が震えていることに気づいた。
 寒いだけ、か? それにしては……。

「何かあったのか!?」

 イヤな予感がして、慌てて体を正面に回転させる。

「……蒼くん……」

 瞳に影が落ちた気がした。でもそれはほんの一瞬のことで……。
 いつもより長めに瞬きをした後、は満面の笑みを広げて甘い声を出す。

「会いたかったよ〜♥」
「?? え……ああ……?」


 たった一言にペースを持ってかれた。
 カッコつけたいっていう気持ちが空回って返事が吃ると、は首を傾げながら俺に両手を伸ばし「もっと」を言葉なくねだる。
 拒否する理由なんてねーよ。誘われるがままにもう一度、今度は正面から柔らかい躰を抱きしめた。
 は俺の腰に腕を回し、満足そうに目尻を下げる。


「えへへ〜。こんな風にくっつくの、久しぶりだよね」
「……まーな。元旦以来か?」
「違う、違う! クリスマスぶりだよー。だって試験勉強やレポートばっかで、なかなか2人っきりってわけにはいかなかったじゃない」
「まあ、確かに。あー、でもちょっと待てって。ほら、メシ食うんだろ? 1回離れろって」
「ヤダ! ずっとギュッしてもらいたかったんだもん。その為にテストも頑張ったんだから。お昼休み終わるまでは離れたくない」
「……」


 コアラみたいにしがみついたまま上目遣いで訴えるコイツに、俺はどう返していいものか迷ってコメカミを引っ掻いた。
 いや、もともと仕掛けたのはこっちだし。この距離は嫌じゃない。むしろ嬉しいけど。
 こんなふうに大胆に甘えられることに慣れてなくて、スマートに切り返せない。
 んでもって、さっきからやたら可愛いんだ。
 拗ねたような幼い表情も、鼻にかかるダルイ声さえも。
 媚びた感じの女は苦手なはずなのに、コイツに見つめられるだけで頭の芯がボーっと鈍くなってしまう。

(だから……じゃなきゃ、こんな……)

 俺はニヤける口元を手の甲で隠し、気づかれないように斜めに視線を外す。

「昼休み終わるまで、って。まー、別に構わねーんだけど。その……昼飯も、このままで食うのか?」


 口にしてハッとした。
 うわ! 何ちゅーデレた台詞だよ!? それは俺の願望だろ?
 ……恥ずかしすぎる。
 いつになく浮かれている滑稽な俺を、は微かに潤んだ目で見上げた。

「あはっ。やっぱり優しいなぁ、蒼くんは」

 泣いてんのかと思った。
 こんなに大口開けて、笑ってるくせに。





 フェンスにもたれながら2人で横並びに座って、俺達は冬の青空を眺めながらサンドウイッチとコーヒーを口にした。
 当然、抱き合って飯ってわけにもいかない。
 それでも少しでも近づいていたいからと、は俺の左腕にしがみつくように自分の右手を絡めている。


「ねぇ、蒼くん。頑張ってたゼミの論文は仕上がった? ほら、今日〆切のやつ」
「ああ。朝一で研究室に出してきた。留年だけは免れそうだ」
「良かった〜! 私の勉強ばっかり手伝ってくれてたから、すっごい心配だったの。教授、厳しいって有名なんでしょ?」
「まあな。でも心配すんなって。俺の方は余裕あるって言ったろ? 午後に面談が残ってるけど、ちゃんとサクッと終わらせてくるから」
「……んっとぉ……午後って面談だけ?」
「うん?」
「じゃあ、じゃあ、私待ってるよ! だからその後、お茶でもしない? ……その……まだ別れたくないし」


 トンッと胸が鳴った。
 もっと長く一緒にいたいのは俺も同じだ。だけど――。


「いや、今日は駄目だ。お前はまだ明日以降も、専門の試験が残ってるだろ? 今日は昼休みが終わったら真っ直ぐ帰れ」
「……でも……」
「テスト終わって春休みに入れば、またすぐ会える」
「でも、でも……私またすぐに、OLになんなきゃいけないし……」

 しゅんと俯くの頭を、大人ぶってガシガシと撫でた。

「できるだけ毎日、迎えに行くから。新宿で待ち合わせして、飯食って。ちゃんと家まで送ってくし……」



 ……………………。


 そこまで言って、フッと去年の失態が脳裏を過る。
 天海に最悪な形でのことがバレたのは、まさにその帰り道だった。
 あれからアイツとはメールのやり取りしか出来てない。
 避けられてる? とか、考えなくもねーけど。そんなショボイ真似する奴でもねーだろ! って、打ち消してみたり。
 とにかく顔も合わせられずに微妙にすれ違ってる毎日が、俺の心の片隅を悶々とさせているのは事実だった。


(婚約者、なんだっけな。の)


 会って話がしたい。謝罪もしたい。弁解したい。
 でもそれよりも早く、核心に触れたい――。
 ナンデ ソウ ナッタ? ソレハ ドウイウ イミナンダ? ケッキョク オマエハ ドウシタイ?
 次に向かいあった時、あいつは何を語るんだろう。俺はどう受け止めれば、この関係を変えずに済むんだろう。



「…………」
「……蒼くん?」
「!」

 こもった不安そうなの声で、俺は我に返った。

「えっと……あのね。別にイイからね。蒼くんも忙しいんだから、毎日お迎えなんてムリしないで……」


 急に黙り込んだ俺をそう誤解して、気遣いながら笑顔を見せる。
 違う! ムリなんてしてない。会いたいのはむしろ俺の方なんだ。
 ガードが必要だとか、周辺を探るためにもとか。そんなのただのコジつけで……。
 俺はただお前の一番でいたいって思ってる。天海が独占してきたポジションに、ドヤ顔で立ちたい。
 もう一瞬でも譲りたくなかった。

「ねぇ、じゃあ次のデートは来週末にしよっか。ちょっと遠くにお出掛けしたりして」

 明るくはしゃいで見せるを、俺は強く自分の胸に抱き寄せた。


「来週までなんて、待てねーよ」
「っ……蒼……くん……」
「無理とかしてねーから。絶対」
「う、うん……」

 は俺の背中に手を回すと、耳元でそっと囁く。

「ありがと……ダイスキ……」


 ふわりと甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった。フルーツと小さな花が散らばったような、いつものの……。
 正直、香水のキツイ女はあんまり好きじゃない。けど、これは別だ。
 ちょっと抜けてて、いつもどこか危なっかしい。なのに時に甘くて大胆な、の雰囲気によく似合ってると思った。


「美味そうな匂いするよな、いつも」
「え!?」

 何気なくこぼした言葉に、は身体をビクッと揺らせて過剰に反応した。

「……うまそう、って? やっぱ私、そういう匂いするの?」
「え? ああ、悪い。変な言い方して。いや、がいつも付けてるヤツ。果物の匂いがして美味そうだなーと」
「あ……フレグランスのこと……ね」

 ?
 他に何があるんだよ! と突っ込むと、は首を大きく横に振る。
 そして直ぐさま頬を赤らめた。

「この香りね……ほら。初めてつけた日に蒼くんが好きだって言ってくれたから……。嬉しくて愛用してるの」


 早口で説明しながら、必要以上にテレ笑うを不思議に思い、俺はゆっくりその『初めてつけた日』のことを思い返す。
 クリスマスイブ。月明かりだけが差しこむ薄暗い部屋、2人で転がるには狭すぎるベッドの上で……。
 俺は確かにこの香りを嗅いだ。
 の白く滑らかな肌に、これでもかってくらい口づけを落としながら。

(あーーーーーーヤバイ)


 羞恥と戸惑いで躰をよじりながら、濡れた瞳で誘うの姿が急にフラッシュバックした。
 幻想に掴まらないように、俺は慌ててコイツの肩を自身から引き離す。
 …………。
 ずっと思い出さないようにしてたんだ、あの日から1度も深く触れてない事。本当は阿呆みたいにもっとずっと貪りたい。
 あの夜、一番奥で感じたの熱が、意思に反し感覚として蘇る。


「蒼くん、どうしたの? 寒い?」
「いや……別に」
「そお? でもちょっと顔赤いよ? あ、どーしよ! こんな真冬に私が屋上ランチなんて誘ったから」


 そう慌てて、両手で俺の頬を温める。
 それだけならまだしも、その手は探るように耳や首筋をなぞり鎖骨付近までゆっくりと降りてきた。

(おい、待てって……)

 そんなにベタベタ触るなよ。どうにか保ってる理性のバランスが崩れるだろ。
 香りが。温もりが。羽のようにくすぐる吐息が。
 俺の全てを受け入れて甘い声をあげたあの日のと急速に結びついて、身体の芯が熱を帯びてくるのが分かった。
 ああ。お前を求めて疼いて仕方ない。だっていつだってが欲しい。
 毎日でも抱きたいのに――。



   





「蒼くん……んっ…………」


 をコンクリートに押し倒したのは、ほとんど無意識だった。
 頭を抱え込んで強引に唇を塞ぎ、荒っぽいキスを繰り返すと、は何が起こったのか理解できず息苦しさに空気を求めて口を開いた。
 俺はそんな間を与えてやる余裕さえない。瞬間を逃さずに、たまらず自分の舌をねじ込んで口内をかき回す。
 クチュッ。
 唾液をからめとる度に、厭らしい水音が内側から響いた。

 欲望が止まらない。
 俺はのこと、こんなにも好きだ。















(……はあ…………)


 各科の研究室が並ぶ4Fの南廊下。
 普段から気軽に立ち入ることのないピリッとした空気漂うエリアを歩きながら、俺は自分の煩悩にただただ呆れてため息をつく。
 14時と指定された教授との面談に合わせて、の背中を見送ったのは10分前。
 帰りたくないなぁとかダダをこねてくれるあいつに、「明日のテスト頑張れよ」なんてスカして手をふって別れたけど。
 絡めた指を離したくないとギリギリまで足掻いたのは、間違いなく俺の方だった。


(……ったく。サカリのついた阿呆かよ)


 屋上での自分の行動が信じられない。
 の反応がもっと欲しくて。キスなんかだけじゃ全然足りなくて。
 コートの隙間から手を滑らせて、薄布ごしに胸に触れた。驚嘆して跳ねた躰を気づかう余裕さえ、興奮によって打ち消される。
 こんな場所でこんな事して誰かに見られたらどうすんだよ?
 イヤな思いすんのはコイツの方なんだから、もう止めねーと。
 そう理性が戻るのは一瞬で、分かってはいてもあと少しだけ……なんて、指は深く下へと進行していく。
 甘い壷に溺れそうになる。その直前、が俺の唇を仔犬みたいにペロッと舐めてから、恥ずかしそうに囁いた。

「ココで……最後までするの?」


 するわけねー! していいわけねーだろ!
 ついこの前までサラだったあいつを、大学の屋上で犯すような真似!!


(……まったく、サイテーだな)


 研究室の扉が確認できる位置まできて、俺は再び自己嫌悪のため息を吐く。
 ノックするには早すぎて周囲を見渡すと、数メートル離れたところに病院にあるみたいな黒いソファーが置かれているのが目に入った。
 倒れこむように腰を下ろして、3度目のため息。
 恋愛で自分を見失うことなんて、今まで一度だってなかったのに。何でのこととなると、こんなにも追い立てられるんだろう。


(マジで……誰かいっぺん殺してくれ)



 そんな時、研究室のドアが鈍い音をたてて開き、白い廊下に人影が揺れる。
 ああ、いた。
 殺す、まではいかなくとも、確実に俺をぶん殴ってくれそうなヤツが。
 約1ケ月ぶりに目にした天海の立ち姿を、俺は妙な距離感をもって見つめた。
 キレイな青色のシャツに、冬っぽい柄の入ったカーディガンをラフに羽織った、らしいスタイル。
 論文の写しと筆記用具が入ってるだろうA4のクリアケースを左手でサラリと掴んで、天海はガラス越しに差し込む光に時折目を細めながら、こちらに向かって颯爽と歩いてくる。


 次に天海に会えるチャンスがあったら、ぜってー逃がさないって決めていた。
 話さなきゃなんねーことも、聞きてーことも山ほどある。
 とのことを受け入れてもらおうなんてムシのいいことは望んでない。
 でも天海の思考を理解できなかった場合、どうするべきか。ありとあらゆるパターンの返しを模索してきたから……。


「あれ? あ、そっか。蒼も今日、面談だっけ」


 あいつが俺を見つけてそう声をかけてきた時、ついにこの時が来たんだと覚悟を決めた。
 それなのに天海はいつもと同じカオ、変わらない口調で、「奈良ちゃん……えっと、奈良橋まつ子さんのガードの件だけどさぁ」なんていうから、心の中で大きく躓く。
 天海は俺の横には座らず、斜め前に立ったまま淡々と話を続けた。

 奈良橋に妖が憑依してるのは間違いない。もっと守りを強化した方がいい。
 今まで浄化したことのないレベルの、上級妖力者が関わっている気配を感じる。
 だからだけに任せないで、あいつの顔を立てつつ密かに俺たちも動こう――と。

 場所が場所なだけに、内容が内容なだけに。こいつの声は低く小さく、やたら事務的で……。
 平穏な空気とは裏腹に、俺の心はますます急く。
 そりゃあ1ケ月ぶりに学校で会って、開口一番がの話題ってわけにもいかねーだろうけど。
 こっちはずっと気まずい思いしてんのに、その自然な態度は何なんだよ!? って、押し込んできた感情が波立つのを止められない。


「じゃあ、そういうコトで。よろしくね」


 仕事の用件だけを告げ勝手に完結させて、天海はクルリと身を翻す。
 ちょっと待てって。まだ何も話せてない!
 慌てた俺は背後から肩を掴んで、無言のまま引き止めた。


「今日……この後、時間あるか? 少し話がしたい」
「何? line入れといてよ。深夜で良ければ返すからさ」
「そういうんじゃなくて、直接お前と話したいって思ってる。奈良橋まつ子のガードの時間まで、飯とかは?」
「うーん、ゴメン。この後すぐ編集部で打ち合わせなんだ。明日は早朝から撮影だし、当分そんな余裕ないかも」


 会話中もスマホのバイブ音が何度も響いた。

「……」


 コイツが多忙なのは分かってる。でももう、簡単には引き下がれない。
 晴れない不安を抱いたまま、何でもない顔をして過ごすのはもう限界だった。
 でも何から伝えよう?
 次の一言にどんな想いをこめれば、このモヤッとした感情が澄み渡るんだろうか。

 …………。

 焦りと躊躇いが交錯して、情けないことに声を発することができなかった。
 そんな俺をマジマジと見つめ、天海は何かに気づいた表情をしてから、その端正な顔をふわりと俺の首元に近づける。


「ふ〜ん? さっきまでと一緒だった?」
「え……」


 あっさりとの名前を出されて、面食らって口篭る。


「なんで?」
「うん、の香りがしたからね。蒼にくっついてるその甘いの『スイラブ』のラストでしょ?」


 そう指摘されて、俺は慌てて自分のダウンジャケットの襟元に鼻を近づけた。
 抱き合った際の移り香に、今気づく。


「ああ……」

 何て返していいか分からず曖昧に頷くと、天海はフッと口角をあげて視線をこちらに流した。


「デザートみたいで思わず食べたくなる香りだよね。どお? 蒼の趣味に合った?」
「え……」
「前に僕がに選んだヤツなんだ、そのトワレ」
「!?」


 まとう香りさえも天海が支配してる。
 普段だったらそんな風に考えたりはしねーのに、無邪気な笑みさえも勝ち誇ったカオにしか見えなくて…………。
 途端に冷静ではいられなくなった。俺は振り絞るような声で詰め寄る。


「……どーして! どーして何も話してくれねーんだよ」


 俺の高ぶった感情とは逆に、天海は「何が?」と白い歯を見せる。
 頭の回るコイツの事だ。
 話をしなくても、今俺たちがどんな崖っぷちにいるのか。どんな思いでココに立っているのか。十分すぎるほど理解してるはず。
 なのにこのトボけた態度が気に入らなかった。
 友達だろ? ……って。


「との婚約の事だ。俺があいつと付き合ってるって知ってるんなら、お前がその事と経緯を話してくれてもイイんじゃねーか?」


 恥も外聞も捨てた、悲痛ともいえる叫び。
 それさえも「ああ」と短く切り捨てられる。


「別に。特だん語ることもナイかなって。それに最初に秘密にしたのは、そっちでしょ? 僕にだけ開示義務を求めるのは虫が良くない?」
「それは……悪かったと思ってる。筋を通せなくて。けど……」
「けど、じゃないよ。都合良すぎ。もうここまで来たら、お互い言い訳も無意味でしょ?」
「!」


 俺は何も言い返せなくなって、グッと唇を噛んだ。
 取りつく島もない。開いた距離はもう、縮められないんだろうか……。
 愕然とした気持ちで俯くと、少したって頭上から思いがけない柔らかい声が降ってくる。

「ごめん、嘘だよ。ちょっとイジワルしちゃったね」

 驚いて視線を上げると、天海はいつものようにフワリと目を細めて笑った。

「彼女つくるのに男同士で事前報告してくるヤツなんていないでしょ? それこそ僕が、何様? って感じ。だからもうイイって」

 その表情は無理をしてるんでも、作り上げられたもんでもない。素の感情だってちゃんと伝わってくる。
 天海は首を軽く傾け覗きこむように俺を見て、ポツリと呟いた。


「正直さ……」
「え?」
「2人が付き合ってるって知った時、僕の中ではあまりにも急展開でさぁ。「はあ!?」とかって、思ったんだよね」
「天海……」
「でも蒼がイイやつなのは重々分かってるし、今は逆に、ありがたいなーくらい思ってるよ」
「……」
「だってちゃんと愛し合ってるんでしょ? だったら別れろとか言わないし、邪魔する気もない。っていうか、むしろフォローするって。おじ様にバレないようにね」
「…………」


 穏やかな口調で続ける天海を、俺はどこか他人事のように見つめていた。
 ずっとこう言ってもらうのを望んでいた。 ――はずなのに。
 何かどっか不自然で、妙な違和感を拭えない。


「そうだなぁ〜。色んなとこに連れてってあげてよ。忙しくて、今まであんまり構ってあげられなかったし。
 あとは普通のカレカノがするようなこと、教えてあげてくれない? ケンカして、倦怠期迎えて、また抱き合って仲直り〜とか?
 そういうのある程度、経験させてくれると助かるかな。打たれ強くならないとこの先やってけないしね」


 ……何だ……それ。


「蒼が天力者として契約満了するまで、あと2年以上あるんだし。季節も2巡すればそれなりのコトが楽しめるはずだよね」


 ……だから。何なんだよ、そのシナリオ…………。


「それで、十分でしょ?」
「!?」


 最後に発せられた一言に、バラバラだった点が多角形になって繋がった。
 2年限定の付き合いなら認めるって事か?
 どういう条件だよ。まるでをレンタル商品みたいに!

「天力者の契約は、確かに大学在学中だ。でもそれとアイツとのことは同じじゃない!」

 つい熱くなって立ち上がると、口調も同時に強く跳ね上がってしまった。
 穏やかだった場の空気が乱れるのを感じても、この勢いを止めることはできない。

「俺は力とか血筋とか、そーいうの関係なしに。ただのそばにいようって……」
「ふーん。で? その後、どうなるつもりなわけ?」


 天海の声の温度が、急激に下がった。
 さっきまでとは違う冷徹な目に、不覚にも怯む。


「まさかこの歳で結婚まで考えてるーとか、言うんじゃないよね? 家がどういうとこか、おじ様がどんな人間か。
 がどういう立場の女の子なのか。もう十分、蒼も分かってるはずだよ。無茶をすればそれなりの制裁を受けることになる。
 自分の将来を棒にふって、向かってくる全てと闘いながら生活や立場や、家族なんかを守って。そこまでして、と一緒になる覚悟があるの?」


 覚悟……ならある。
 を守る覚悟。誰よりも大切にする覚悟。

 でも、どうやって?

 背負ってるものを少しでも軽くしてやりたい。あいつの足に絡まる無数の鎖を断ち切って、大切に扱ってやりたい。
 それは本気なのに。

 結婚? ……そんなの現実的じゃねーよな。
 逃げる……? どこまで? いつまで?
 でもその後俺達は、どうなるつもりなんだろう。


「っ…………」


 睨みつけるように前を向いて、ただ唇を噛んだ。
 浅はかな考えを見透かした天海は呆れたみたいに息を吐いて、グイッと俺の胸ぐらを掴み上げる。


「いくら蒼でも、の期待を残酷に裏切るのだけは許さない」


 色素の薄い瞳が近づいてきて、その奥が青い炎で揺れた気がした。
 今まで一度だって、天海にこんな敵意を向けられたことはない。

「ねえ、頼むからさ。恋人になってたかが数ヶ月の甘い熱に浮かされてる状態で、間違っても『永遠』なんて台詞、軽々しく口にしないでやってよね」


 ――――――
 怒気をはらんだ声に、身体がすくむ。





 天海が踵を返して階段を降りていった後も、俺の思考はしばらく停止したままだった。
 崩れるように再びソファーに背をついて、蛍光灯の白い灯をぼんやりと見上げる。

(反論……できなかった……)

 情けなすぎる。
 今さらながらに悔しくて、爪をたてて両拳を握った。





 なー、天海。
 お前のその苛立ちは、『惚れてる』って事じゃねーのかよ?
 を何よりも大切に思ってるくせに、無理強いさせて攻め込んだり。俺をめいいっぱい牽制しときながら、近づく事をあっさり許したり。
 それでも何だかんだ最後は、自分が幸せにする気満々で――。
 なのに自分の気持ちを認める強さはない。

 お前がその位置をキープし続けるってんなら、あえて俺は問わない事にする。
 同じ舞台に引き上げることもしないし、にも意識させてやらない。
 唯一の勝機は、きっとソコだから。
 


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