◆    10.接近



 カラン。


 軽い音をたてて入り口の扉が開き、男性客

がまた1人店内に足を踏み入れた。


 猫背でひょろっとした体つきの男。

 わざとらしく咳払いをして、自分が来たこ

とをアピールしたその姿に、私は目が釘付け

になる。



 キモイ。

 そう思ったのも事実だけど……。


 ううん、そうじゃなくて。

 それだけじゃなくて。


   


 面長を包み込むように伸びた、中分けの金

髪。

 細くつり上がった目を覆う、シルバーフレ

ームの眼鏡。

 くたびれたネルシャツを着て、色落ちした

細いジーパンを履き。

 異常に大きいリュックを肩がけするその人

を見たら…………。



 『金髪メガネのヲタ男』


 私でもそうネーミングしてしまう。



(キター!)


 心の中だけでそう叫び慌てて立ち上がると、

私はマニュアル通りに笑顔で会釈をする。


 蒼くんは数歩下がり、「いらっしゃいませ」

と深くお辞儀をした。けど、その瞳は鋭くて

……。

 同じ気持ちでいるだろうことは、すぐに察

した。





「へ〜、なかなかイイお店だね〜」


 ヲタ男がそう呟き店内をグルリと見渡すと、

対応していた若いボーイを押しのけて、フロ

アーマネージャーが斜めに飛び込んでくる。


「これはこれは、いらっしゃいませ! お待

ちしてました、林様!」



 は・や・し。

 さっきデイジーさんがくれた情報通りの名

前。

 マネージャーの様子から見ても、相当な常

連客に違いない。



(間違いないよ。この人だ……)


 確信がより固いものとなり、私はキュッと

唇を結ぶ。



 林という男の席につき、気に入られるよう

に努めて、アフターを勝ち取るのが私の仕事。

 そこまでやれば、後はしーちゃん達が何と

かしてくれるはず。



 覚悟を決めるしかない。


   



 私は手にしていた蝶のネックレス――もと

い、盗聴器――を素早く身につけて、フゥと

小さく深呼吸をした。





 林はマネージャーとしばらく会話をした後、

『待機』エリアへと目を向けた。


 視線が、初めて交わる。



 ニコッ、って…………。

 ちゃんと可愛く笑えただろうか。



「あら。待機、1人だけ?」


 男は薄ら笑いを浮かべて、ゆっくりとこち

らに近づいてきた。


「あい、すみません。おかげさまで大盛況で

して……。林様のご希望があれば、どの子で

も呼び戻しますんで」


「いや、結構。それには及ばない」


 冷や汗をかきながら後を追うマネージャー

を右手で軽く制し、林は私の前でピタリと足

を止める。


「キミ、初顔だね。名前は?」


「アリス……と申します。こういうお仕事、

今日が初めてで……」


 多少オドオドしながら答えると、それがか

えってツボだったのか、男は舌なめずりをし

ながら嬉しそうに私の髪に触れた。


「ふうん。カワイイね〜。そのままフィギュ

アにしてお持ち帰りしたいな〜」


 そして私の背中をスルリと撫で、腰を抱き

ながらマネージャーへと振り向く。



「ボク、アリスちゃん指名ね」


(……うわゎゎぁ…………)



 待っていた言葉だけど。

 作戦通りだけど。


 このいやらしく動く右手に、思わず身体が

固まってしまって……。



 最後に蒼くんに振り返ることもできず、私

はちょっぴりブルーな気持ちのまま『林』の

席に就くことになった。



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