「海の見える場所まで歩いていきたいな」


 上から眺めた時に案外距離があることが分

かったから、私は蒼くんにそんな2度目のお

ねだりをした。


 可愛いショップがたち並ぶクイーンズスク

エアーをブラブラして、屋外ステージで繰り

広げられていた大道芸に夢中になっていたら、

あっという間に空がオレンジ色に変わってい

る。



「冷えてきたな」


 人込みから私をさりげなく庇って、蒼くん

は薄着の私の肩を心配そうに見下ろした。


「この辺は風が強いから。海、急いだ方がい

いかもしれない」


 倒れたばっかのお前に、風邪をひかせるわ

けいかねーだろ――なんて、優しく笑ってく

れるんだけど……。

 それとは反対に、私の表情は少しずつ曇っ

ていく。



 だってきっと暗黙の了解で、そこがご褒美

デートのゴール地点なんだ。


   


 潮風を感じるたびに海に近づいているのが

分かって、向かう足はますます重くなってい

った。



「……疲れたか?」


 歩くペースの落ちた私にさらに歩幅を合わ

せながら、蒼くんは少しすまなそうに眉を下

げてんだ。


「ううん、そんなことないよ! ぜんぜん疲

れたりなんかしてない」


 慌てて否定するけど彼は私の足元を見て、

「ブーツでこの距離はキツいよな」と憂える。



「日が落ちるまでに海が見える公園まで……

は、無謀だったか」


「やっ、大丈夫! 海見たいもん。歩けるよ」


 やっぱ帰ろう、の一言が怖くて必要以上に

歩調を速めた私を、彼は静かにひきよせて口

角を上げた。


「甘いもんでも食いにいくか。で、少し休ん

で、それからまた向かえばいい」


(あ……)


 柔らかくつかまれた腕が熱い――。


 不意に近づいて絡まった視線。

 私がドキドキしてるのに気づいたのか、彼

はちょっと気まずそうに視線を外し「悪い」

と再び距離を保った。


 うわぁ……いつもクールな蒼くんが何だか

ちょっぴり照れてる。

 デートってすごい。

 普段と違う場所で2人きりになれると、こ

んなカオも見せてくれるんだ。



 ……ねえ蒼くん。

 少しでも長く、一緒にいたいよ。

 
 




「エッグタルトとゴマ団子を食べながら、コ

コナッツミルクでお茶したい!」


 なんて無茶苦茶なリクエストをしてみたら、

あっさりと「中華街だな」という返答をくれ

た。

 海を背にして歩くことになるのに、躊躇い

もなく面倒くさがりもせず、せっかく来たん

だし――って笑ってくれる。



「……それにしても、蒼くん。この街、歩き

慣れてるよね」


 ずっと気になってたことをやっと口にでき

た。

 家族連れより友達同士より、圧倒的にカッ

プルの多いこのエリアを、迷うことなくスイ

スイと歩み進めている蒼くん。

 いくら地元が近いとはいえ、らしく・・・ない。


   

「あはっ、分かった! 彼女さんが好きで、

よくデートで使ってたんでしょ?」


 わざとおどけて軽いノリで聞いてみる。



「……ああ。まあな」


 うぎゃー!! やっぱり!

 疑惑が真実に変わったその重みが辛くて、

聞かなきゃ良かった……って後悔した。


 なのに。

 知りたい気持ちが止まらない。



「蒼くんってさ、今はフリーなんだよね?」


「……当然だろ。高校の時の話だ」


「も……元カノさんって、どんな人だったの?

仲良し……だった?」



 思わずどもりながら質問を続ける私に、蒼

くんは疑問詞で返してくる。


「……。何でそんなこと訊くんだ?」



 いや、何でって……。


「キレイな人だったんじゃないかな〜って、

思ったの。ほら蒼くん、何か理想高そうなん

だもん」


 困って苦笑いを浮かべると、彼は呆れたよ

うに軽く息をついてフッと視線をそらした。


「別に、普通だろ。理想なんて高くねーよ」


 ぶっきらぼうな口調で、ちょっと不機嫌そ

うに言葉を投げすてるけど……。

 少しして、思いたったように自問自答する。


「……いや。ある意味、理想が高いのか?

そーいう事なのか……」



 ぎゃあぁ。なに、なに?

 どういうコトなの!?


「蒼くんの好きなタイプって……?」


 恐る恐る尋ねてみる。

 返ってきたのはこんな王道な答えだった。




「守ってやりたくなるヤツ……かな」



 ……うわぁ……蒼くん……。

 そんな真っ直ぐに見つめられたら、勘違い

しちゃうじゃない……。



 私、ソレになりたいよ。







 ドキドキをさらに重ねながら、私たちはそ

のまま中華街へ向かう。

 着いた頃にはうっすらと月がのぼっていた

から、少し早いけど夕食ってことになった。

 飲茶が評判のお店に並んで、デザートにし

っかりとエッグタルトをいただいて、露店で

ココナッツミルクを片手に雑貨ショッピング

を楽しんで……。


 大好きな人と過ごす時間は、何でこんなに

あっという間なんだろう。



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