風に揺れる水面を目にしたのは、午後9時
すぎのこと。
中華街からまっすぐ続く、山下公園。
周辺にある海の見えるスポットの中でも定
番中の定番エリアで、私たちはゴールを迎え
た。
港はとても静かだった。
波音もなく。鳥の声もなく。
ただ時々、遠くで汽笛が鳴るのが聞こえる
だけ。
夜になって風はおさまってきたけど、寒さ
はますますキツクなって。噴水のある中央広
場を散歩しても、赤い靴の女の子像を通り過
ぎても、数組のカップルとすれ違う程度だっ
た。
氷川丸の鈍い灯りを目指して、海沿いのア
スファルトを並んで歩く。
遠くに輝くベイブリッヂを眺めるふりをし
て、私はそっと蒼くんの横顔を見つめていた。
「門限……11時じゃなかったか? そろそ
ろ、帰んねーとな」
シーバス乗り場のデジタル時計に視線を伸
ばしながら、彼はふと足をとめた。
園内をちょうど半周した地点。
まだ帰りたくない。
もっと向こうまで、一緒に歩いていきたい
のに……。
こんな時までも冷静で律儀な蒼くんを、ち
ょっぴり恨めしく思う。
「ははっ。そんなカオするなよ。こんな所に
を1人置いてったりしねーって。俺も今夜、
そっち戻るし」
ちゃんと送っていくから――と続けて、
「じゃねーと、天海に何て言われるか」
と口にした後、ふと急に真顔でこちらに振
りかえる。
「……そう言えば今日のこと、天海には言っ
てきたか?」
何でここでしーちゃんが出てくるんだろう
って不思議に思いつつ、私はただ首を横に振
った。
「ううん。しーちゃんにはイチイチ報告して
ないよ。今日はウチに来てなかったし。八純
とお母さんには、遅くなるかもって伝えてき
たけど」
「……そっか……急だったしな。じゃあ尚更、
急いで帰らねーと」
「え……どうして? 大丈夫だよぉ。私もも
う子供じゃないし。しーちゃんだって……」
そう反論した私を、蒼くんは穏やかな笑顔
で制する。
「……心配するだろ。天海は」
……蒼くん……。
「万が一、に何かあったら。俺が言い訳
できない」
…………。
それは、責任とれねーよ――ってコト?
「…………」
楽しい時は、刻々と終わりを告げているん
だ。
もともとは、彼の優しさと責任感につけこ
んだ『ご褒美デート』。
オーケーしてもらえて、こんなに素敵な時
間をもらえて。
なのに、それでもまだ足りないなんて……。
欲張りだって分かっていても、もう少し足
掻かずにはいられない。
「まだ……帰りたくないよぉ」
震える声を抑えながら、なるべく気丈に振
舞ってみせる。
「……だ、だって横浜、まだ見足りないもん!
赤レンガも行けなかったし、大桟橋もでしょ?
港が見える丘公園も押さえとかなきゃダメだ
し、元町ショッピングだってさ〜」
だけど蒼くんは、「また、次に」とは決し
て口にしてくれなかった。
困ったように前髪をかきあげ、静かに口角
だけを上げる。
最後に観覧車にのりたい……。
それが精一杯だったよ。
<<前へ 3話へ>>