「わぁっ! ゴメンっ!」
 
 
 咄嗟に身体をひねり、それでも避けきれず
 
に華やかな声をあげたのは、あどけない顔を
 
した同じくらいの歳の男の子だった。
 
 ボーダーのパーカーに細いパンツスタイル、

存在感のあるアクセをつけた派手カワファッ

ション。
 
 赤みがかった長めの前髪をサイドで無造作
 
に留めて、つるんとしたおデコを半分出して
 
いる髪型が、すごく似合っていてお洒落っぽ
 
い。
 
 
「熱いの、飛んでない? ヤケドとか平気?」
 
 
 キツネうどん――っぽい湯気の上がった丼
 
を、慌てて近くのテーブルに置き捨てて、彼
 
は躊躇なく私の手をとり自分の元に引き寄せ
 
た。
 
 
「だ……大丈夫」
 
    


 小動物系の黒目がちなタレ目が可愛くて、
 
思わず見蕩れちゃったんだけど――。
 
 次に発せられた台詞に、そんなドキドキの
 
感情はスーッと一瞬で引いていく。
 
 
 
「うん……。君、カッワイイ。すっごく好み
 
かも」
 
 
「え?」
 
 
「あはっ。ラッキーだな〜おれ! こんなト
 
コで運命の出逢いとかできちゃうなんて。ね
 
っ、とりあえずケーバン交換しとかない?」
 
 
「…………」
 
 
 うわぁ。軽い…………。
 

 顔立ちからは想像できない残念なノリに、
 
思わず苦笑いが零れた。
 
 
(苦手だぁ……こーいう男の子……)
 
     


 早く退散しちゃおうと、掴まれた手首を黙
 
って引き抜こうとしたけど、予想外の力でそ
 
れを制される。
 
 
「あ、待って。ダメ!」
 
 
 彼はちょっと恐い顔をした。
 
 
「や……ヤダぁ。離してよぉ……」
 
 
「違うのっ。君の腕んとこ! ほら、汁飛ん
 
でるでしょ?」
 
 
「えぇ?」
 
 
 男の子は今まで以上に顔を近づけて、私の
 
左腕をグイッと開いて覗きこんだ。
 
 見ると確かに茶色いシミ。
 
 でも私はそんなことより、届く距離で揺れ
 
る彼の長いまつ毛に視線を奪われる。
 
 
(あ……小柄だ……)
 
 
 見上げずに会話できる高さに、新鮮さを感
 
じた。
 
 
(うわぁ……顔、ちっちゃい。細い……)
 
 
 しーちゃんや蒼くんとは違う、少年っぽい
 
男の子。同じくらいの歳――そういう印象を
 
受けたのは全体的な雰囲気が華奢だからだと
 
思う。
 
 
 不覚にももう一度見蕩れそうになって、私
 
は頭の中で「おバカ!」と自分を叱咤しなが
 
ら、妙な幻想を勢いよく振り払った。
 
 でもマイペースな彼はこちらの反応なんて
 
気にもならないようで、
 
「う〜ん。コレ、染みになっちゃうよ〜」
 
 と、申し訳なさそうに顔を歪める。
 
 
 ポケットからハンカチを引っ張りだした男
 
の子は、ポンポンと叩くみたいに慣れた手つ
 
きで跳ねた汁を拭ってくれた。
 
 そこまでしてもらって、ハッとする。
 
 余所見をしてたのも、ぶつかったのも。確
 
実に私の方だ! って。
 
 
「ごめんなさい! イイです、もう。私がぼ
 
ーっとしてたからなので……」
 
    


 恐縮して、落ち着きなく手をバタバタさせ
 
てみた。
 
 それでも彼はハンカチを動かし続ける。 
 
 
「……でも、そのチュニックANNA SUIのレア
 
ものだよね」
 
 
「ふぇ、そうなの!? ……あ、でも(しー
 
ちゃんからの)貰いものだから別に……」
 
 
「プレゼントもの? だったらなお更、大切
 
にしなきゃじゃん」
 
 
(あ……)
 
 
 チワワみたいに目を潤ませてそう言った彼
 
は、純粋に『イイコ』なんだろうなぁって思
 
った。 
 
 
 
 
「……う〜ん。じゃあコレ、お詫び!」
 
 
 しばらくして男の子は左手に持っていた『
 
りんごジュース』の紙パックを、私の利き手
 
に握らせた。
 
 
「え!? いいよ。何か悪いよぉ……」
 
 
「悪くないよ。おれの気持ちだから」
 
 
「うん……。ありがと」
 
 
 戸惑いながらも素直に受け取ってしまった
 
私に、ニコッと愛らしく微笑んでから。
 
 ヒラリと手を振って、スキップするみたい
 
に軽やかに立ち去る。
 
 
 
「またね、ちゃん」
 
 
 …………!?
 
 
 
 すれ違いざまに、確かに私の名を呼んだ。
 
 ――と、思うの……。
 
 
 
 
 何で……って、訊き返そうと振り向いた時
 
にはもう、彼の姿は入り口に押し寄せる学生
 
の波の向こう側にあった。
 
 少しだけ波間に視線を伸ばしてみたけど、
 
すぐに諦めて眉間にシワをよせる。
 
 
 
 誰……だっけ?
 
 あんな目立つルックスの男の子、忘れるわ
 
けないんだけど……。
 
 
 
 気づくと右手は『りんごジュース』の他に、
 
汁跳ねをふき取ってくれたさっきのハンカチ
 
も握っていたんだ。
 
 オーヴマークのついた、緑と黒のチェック
 
地。ピンッとアイロンが掛かってただろうそ
 
れを両手で丁寧に整えながら、私は思わずこ
 
う呟いてみる。
 
 
 
「ハンカチ王子……だぁ」



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