「天海、本当に彼女いたんだな」
視線を斜めに外してこめかみを軽く引っ掻
き、蒼くんはまるで独り言のようにぽつりと
小声で呟いた。
そしてこちらに向き直り、どこか艶っぽい
表情でゆっくりと唇を動かす。
「これで遠慮なく、にいける」
強く、とか。
甘く、とか。
そういうんじゃ全然なくて。
むしろ自然体で私を見つめ、そんな台詞を
口にした蒼くん。
私は酔った時みたいに頭がグラグラして、
1ミリたりとも動けない――。
(今のって……何……?)
確信と期待と、打消しを含んだ雑然とした
感情が体中をめぐり、鼓動だけがやけに騒が
しく響いた。
思考がついていかなくて、口は半開き。
赤面する余裕さえない私は、蒼くんの清冽
な瞳にどう映っていたんだろう――。
彼は珍しくはにかんで、荷物と一緒に重ね
ていた一冊の雑誌を机の上に広げる。
カチッとした背表紙のある、『REAL』
1月号。
巻頭8ページをしーちゃんが飾る、マニア
ックな20代向けファッション誌をペラペラ
と捲って……。
赤い見出し文字が印象的なページで、その
手を止めた。
「これなんか、お前が好きそうだって思った
んだけど」
……クリスマスデート特集?
冬のディズニーパレード?
うそ。ウソ。嘘……………!
蒼くんが? 私のために? 私と一緒に?
自惚れなんかじゃない。
イヴを2人で過ごそうって、ちゃんと考え
てくれてるんだ。
「……この雑誌、蒼くんが買ってきてくれた
の?」
突っ込むべきとこはソコじゃないのに。
あまりの動揺に、私の第一声はそんなつま
らない質問だった。
それが意外だったのか、彼は気恥ずかしそ
うにして少し早口になる。
「いや、違う。この本はさっきまで天海が持
ってたヤツで。俺が興味深そうにしてたら、
読むかって聞かれて……」
「あ、うん……」
「……で、このページ見つけて。この前クリ
スマスイルミネーションの話してたし、が
見たがるんじゃねーかと思ったから……」
これを見つけたのは偶然だけど。あれから、
どこがいいかとかは考えてて……。あ、でも
長時間は寒いしキツイか――なんて、落ち着
きなく続ける蒼くん。
テレ笑う彼はドキドキするほど愛しくて、
私に余裕なんてあるはずないのに、はっきり
と想いを伝えずにはいられない。
「ありがと、蒼くん。一緒にイヴを過ごせる
なら、私はどこだって嬉しいよ」
蒼くんは一瞬眩しそうに目を細めて、サラ
リと前髪をかきあげながら「ああ」と小さく
頷いた。
「Xmasのランドなんて、女の子の憧れだよ。
うわぁ、大きなツリーがあるんだね〜。キレ
イ〜」
テーブルを挟んで斜めに向かいあったまま、
会話を続ける私たち。
さり気なく隣に座って、並んで雑誌を見れ
ばイイのに。いつもだったら、何も考えずに
そうするのに……。
『始まり』を意識しすぎる私はらしくなれ
なくて、不自然な距離を作ってしまう。
「でも、でもさ。私、シーは行ったことがな
いんだよね〜。こっちも捨てがたいなぁ」
中央に広げた雑誌をハイテンションで指さ
していると、蒼くんは逆さから覗きこんで、
「どっちも行くか?」って笑いかけてくれた。
「うん、行きた〜い! イヴはランドを回っ
て、25日はシーがいいよぉ」
「……いや。そういう意味じゃなくて。また
次の機会で、行けばいいって事だったんだけ
ど……」
「え? あ、そーなの? せっかくだからク
リスマスデートを堪能したいんだけどぉ……。
2日続けてじゃ、ダメ?」
「駄目ってことはねーけど。けっこうハード
だぞ。その計画」
夜遅くなるし、往復の時間もあるし――と
体力の心配をしてくれる彼に、キュンッて胸
を鳴らせながら、私は「イイこと思いついた
!」と身を乗りだす。
「ねぇ。じゃあ、お泊りしよーよ」
「!?」
「あの辺って、可愛いホテルいっぱいあるん
でしょ? 一度いってみたかったんだぁ」
「……おい……」
蒼くんは急に困った表情をして、子供みた
いにはしゃぐ私をいったん制した。
「、ソレ意味分かって言ってんのか?」
「ふぇ……意味?」
「…………。いや、イイ。お前の天然は、も
う十分くらってるし」
「え? え?」
視線をそらして、ため息をつく蒼くん。
その意味を、私は数秒後に理解する。
(うわぁ、そっか。恋人同士がお泊りするっ
て、そーいうコトだよね!? 私と蒼くんが
!? …………きゃぁぁぁぁぁ!!)
そんな幸せなこと、これ以上想像できない。
そう思った。
私の『初めて』が、ぜんぶ蒼くんでいっぱ
いになるなんて。
嬉しすぎて息が止まりそうだ。
甘い空気が、音もなく私たちを包み込む。
その夢空間から現実に戻ることをちょっと
だけ躊躇いながら、蒼くんは真面目なカオで
私にこんなことを切り出した。
「とのこと、天海には話しておこうと思っ
てる」
私を一番そばで守り続けてきたしーちゃ
んには、内緒にはしておけないからって。
彼の考えを訊いた私はもちろん大賛成で、
ふたつ返事で承諾した。
だって早く、誰かに話したい。
『蒼くんの彼女』っていうポジションを、
自分の中でもっと鮮明にしたかったから。
今夜しーちゃんを誘って、3人で飲もうっ
てことにした。
家族みたいな存在のしーちゃんに、「恋人
ができました!」って報告するのは、やたら
恥ずかしいことなんだけど……。
まあ、いずれバレちゃうだろうし。
「ふ〜ん、が? ガキのくせに?」とか
ってどうせ馬鹿にされるなら、今のうちに済
ませた方が楽な気もした。
午後の授業時間を気にして、蒼くんが腕時
計に視線を落とし始めた頃――。
電話をかけるために席を外していたしーち
ゃんが、ふらりと戻ってくる。
「彼女さんと、仲直りできた?」
首だけで振り返り、高いテンションのまま
悪戯っぽく笑んでみた私。
また不機嫌なカオをされるかな……って思
ったのに、しーちゃんは額をコツンと軽く小
突いてきただけで、さっきみたいな怒りを見
せることはなかった。
それどころか哀れむよう目で、私に微笑み
かけた気がするの……。
しーちゃんはゆっくりと椅子に腰を下ろし
て、蒼くんと私にこう告げた。
「『天主』が、お呼びみたいだ。18時に、
家に集合だってさ」
仕事にまつわる緊急召集なんて、いつもの
ことじゃない。
なのにしーちゃんの表情、何でそんなに曇
っているのかなぁ…………。
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