◆    5.『天主』と呼ばれる人


   

 『天主てんしゅ』が上座についた途端、この『いろどり

の間』と呼ばれた12帖和室には、何とも言

えない緊迫した空気が広がった。

 執事の柏原かしわばらをサイドに従えて、厳しい表情

のまま胡坐をかくこの人は、まるでお殿様。

 それと対面する形で横並びになった私たち

は、背筋をのばして自然と正座だ。


 窓側にしーちゃん、真ん中に蒼くん。

 一番手前の席についた私は、できるだけ廊

下側に自分の座布団を引っぱって、その輪か

ら少し離れたところにちょこんと腰を下ろす。



 仕事の話には、なるべく首をつっこみたく

ない……。


 精一杯の反抗で、膝においた両手のネイル

ばかり見ていた。




「まずは、報告を聴こうか。紫己、『祟峻すいしゅん』

の件、あれから何か手掛かりは掴んだか?」


 天主――お父さん――は挨拶もそこそこに、

袴の裾をピシャッとはたきながら太い声をこ

ちらに投げつけた。

 しーちゃんは丁寧に一礼し、頭を下げたそ

の姿勢のまま答える。


「申し訳ありません。林と名乗っていた妖力

者の、生前の足取りをたどってはいるんです

けど。それらしいモノと接触したっていう情

報は、まだ……」


「出ないか?」


「はい。僕が見るかぎり、直接の係わりはな

かったんじゃないかって思います。ただの崇

拝的願望を、最期に口にしただけという感じ

で……」


 語尾を濁らせつつも、顔を上げて真っ直ぐ

に視線を合わせたしーちゃんに、お父さんは

「そうか」とだけ返して今度は蒼くんを見や

る。



「久しぶりだな」


「……お久しぶりです」


 慌てて会釈した蒼くんの表情はどこか固く

て、この場の空気を誰よりも居心地ワルく感

じてるだろうことが伝わってきた。

 あっ。そういえばお父さんのこと、苦手っ

て言ってたよね。

 どんなに体調が良くなくても、『タマの受

取』を八純はずみに依頼しちゃうくらいに。


(ふふっ。何かカワイイ)


   

 落ち着きのない蒼くんはかなりレアで、申

し訳なく思いながらも私はこっそり心でニヤ

ける。



 お父さんは更に言葉を投げかけた。


「今回の『祟峻』の件、君はどこまで理解し

てる? 一から説明しておくよう、紫己には

命じておいたが」


「あ、はい。一応、一通り聞いてます。でも

あまりにもあやふやで、いまいちピンッとき

てないっていうのが本音で……」


 こめかみを軽く引っ掻くのは、蒼くんの困

った時の癖。

 大丈夫かなぁ……って横顔を見つめてふと、

さっきから3人の会話に『すいしゅん』って

いう単語が飛びかっているのに気づく。



(すいしゅん……スイシュン……って、たし

か…………)


 妖力者の『長』の名前だ。

 だって子供の頃から、さんざん聞かされて

る。


『1000年前、奴が全ての始まりだった。

奴を浄化することが、天力者である家の

務め。それが出来れば、何もかもが終わる』


 とかって――。



 ちっちゃい時はね、私だってその言葉をキ

レイに信じて、宗家の人間である自覚をもっ

てたんだ。

 気の統一も、武道のお稽古も頑張って、い

つか一族を統べる八純はずみを助けたい! なんて

一生懸命だったんだから。



 でも現実は遠い――。

 おじいちゃんの時代も、そのもっとずっと

前のご先祖様の時代からも。同じことを繰り

返してきたんだーって分かって、『天力者てんりょくしゃの

意義』が見えなくなった。



(祟峻を浄化して、妖力者を完全に排除する

なんてムリなのよ……)


 『うつわ』である姿形を変えながら、水面下で

根を伸ばし続けているだろう『人ならざるモ

ノ』のリーダー。

 未だ存在しているのかさえ怪しいソレに、

お父さんはどう立ち向かっていけと言うんだ

ろう。



 キリなく現れる妖力者を、身をけずって浄

化して回って。自由も限られて。

 蒼くんはかなりの拘束を受けてるよね。

 しーちゃんはたぶん一生、家のつかいっ

ぱしりだし。

 次期天主となる八純は、この先好きな道を

選ぶことはない。

 そうまでしたって私たちは、1000年の

歴史の一部にしかなれないのに……。



 今ここで、必死になる意味があるの?


 冷めた気持ちで、思わず溜息をつく。




「ところで、。今回の仕事で、お前も妖

力を受けたと聞いたが……」


 そんな私を目敏く見つけてか、お父さんは

急にこちらにまで視線をのばしてきた。


「あっ……」


   

 久しぶりに正面から顔を合わせる。

 避けてたのもあるけど……多忙なお父さん

と会話をかわすのは確か半月以上ぶりだ。


「気を失い、3日ほど寝込んだらしいな。も

う身体の方は問題ないか?」


 眉ひとつ動かさず、淡々とした口調で訊い

てくるお父さんに、


(心配してくれてるんだぁ〜。何だかんだ言

っても、やっぱり娘が大切なんだね)


 なんて、淡い期待は絶対に抱かない。

 だって次にくる言葉はいつも決まってるの。



「お前の身体は、それ自体に価値があるんだ。

女でありながら天力を受け継いだのも、意味

あってのことだろう。できる限り多くの子を

産むのが、お前の使命だということを忘れる

な。それまでは自身の天力を高めることに精

進し、最低限その身は守れ」



 …………ねえ、それってさぁ。

 子供を産んで天力が引き継がれたら、私な

んてどうでもイイってこと?

 この器には価値があるけど、私自身には興

味ナシってこと?



 祟峻の話と同様に、物心ついた時から言わ

れ続けてる。


『子孫を残して、血を繋げ』


 ヒトを子供を産むマシーンみたいに言わな

いで欲しい……。

 父親ってもっと、娘を可愛がったりするも

んじゃないの?

 嫁に出したくない! って、涙するもんじ

ゃないの?


「…………」


 もうホント、飽き飽きだ。



 唇をキュッと噛み、斜め下に視線を落とす。

 無言だけど、あからさまに反発して見せた

のに……。

 お父さんはそんな私を尻目に、しーちゃん

を厳しく責める。



「甘やかせ過ぎたな、紫己。が『天子てんし』

としての自覚にかけるのは、お前の監督不行

き届きだ。稽古は受けない、実戦に出てもこ

のザマ。自由にさせるにも限度がある」


「……申し訳ありません」


「何の為にそばにいる? 宗家の何たるかを

教え込むのも、守護であるお前の役目のはず

だ。ただ子守をすれば良いというものでない

事くらい、天海家あまみけの嫡子であれば――」




 いい加減にしてよっ!

 私もしーちゃんも、望んでこんな家に生ま

れてきたわけじゃナイんだからっっ!!



 ケンカ腰に叫びそうになった私を、しーち

ゃんは小さく首を横に振って制した。


「以後、気をつけます。……ね? 」


「…………」


 冷静に同意を求められて、頷かないわけに

はいかなかったよ。




「はい……」





 大学生にもなって、「素行が悪い」とお父

さんに叱られる私は、蒼くんの目にどんな風

に映っちゃったかな。


 付きあって早々の、この失態。

 恥ずかしくて、気まずくて。彼の反応を伺

うのが怖くて……。



 唇を結んだまま、しばらく顔を上げること

ができなかったんだ。

 
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