「あのね……」
   

 ほんのちょっと会えない時間に、何かいろ

いろありすぎた気がする。

 合コンに行っちゃって、しーちゃんの隣り

で目覚めちゃって。

 極めつけは今日のお見合いの話。

 説明しなきゃいけないことも、聞いてもら

いたいこともいっぱいで思わず立ち上がるも

のの、キレイな言い訳が出てこない。



 私はただ、蒼くんの気持ちが萎えるのが怖

かったの。

 幻滅されたり。ウザがられたり。

 別れたい……なんて言われたら、どうしよ

う。

 考えれば考えるほど、なりふり構わずにな

んてぶつかれない。言葉を選ぶもんだから、

けっきょく何も言えなくて立ち尽くすの。





「……」

 

 そんな私をもどかしそうに眺めて、蒼くん

は座ったままこちらに右手を差しのべた。

 ふいに肩を抱かれてバランスを崩す。

 でも彼は身体をしっかりと支えてくれて、

そのまま抱っこするみたいに力強く自分の膝

の上に引き寄せる。



「そう……く……ん?」



 私を見下ろす瞳の色の深さに、吸い込まれ

そうになった。

 顎先に指が触れ。

 サラリとした前髪が額に落ちてきて……。
 


「……んっ……」


 ついばむような優しいキス。

 いちど距離をおいてから、もう一度。

 次は少し長めに。

 
「ふぇ……」



「とりあえず。が無事で良かった」



 あったかい言葉と切なく笑むカオに、一瞬

息が止まった。



(……蒼くん……が?)



 反動的なキスと情熱的な眼差しが信じられ

なくて、心臓はバクバク。脳内はふわふわ。

 熱を帯びたままの唇を両手で隠しながら、

思わず「うそ……」と呟いてしまう。

 でもね。

 らしくもなくこんな場所でキスをした蒼く

んの方が、もっと困惑してたのかもしれない。

 鼓動の音が大きく響くのが聞こえて、私は

視線をゆっくりと上げた。

 

(……あ……まっかだ……)



 耳まで火照った顔と、落ちつきなく逸らす

視線。

 勢いがつきすぎたことを責めるような。わ

き出る感情を封じようとするような。

 葛藤を露にする姿なんて、初めて見る気が

する。

 

 

「仕事上がりの時間だってのに携帯つながん

なくて、メールもなくて。妖力者が現れたん

じゃねーかって、マジで心配した」



 私の身体を自分の膝から隣りへと下し、ス

ルッと腕を抜いた蒼くんは小さく息をついた。



「……で、その後。天海から『ウチで寝てる』

のメールだろ? 安心するべきか、すぐにで

も迎えにいくべきか悩んで……このザマ」



 はねた前髪をかきあげながら再び斜めに視

線を外し、「カッコわりー」と吐き捨てるよ

うに呟く。



「あ……ごめんね。ちゃんと連絡できなくて。

あのね、昼間に携帯鳴らしたんだけど、しー

ちゃんが出てね。そんで迎えに来るなんて言

うから断れなくなっちゃって……」



 不安にさせた……?

 蒼くんが私の言動で一晩中悩んでくれたな

んて、信じられない事実だった。

 ってことは、もしかして。

 ココに約束の5分前に来たのも。珍しく息

が弾んでたのも。

 ……そのせい?



 私が考えているよりずっと、蒼くんは私の

ことを好きになってくれてるのかもしれない。

 期待と喜びで胸が震える。





「ゴメンね。私……」



「謝るなよ。ぜんぶ天海から聞いてるし、お

前に非はない。ただ俺自身が幼稚なだけで」



「で、でも……」



 口調は優しいけど、なぜか目を合わせてく

れなかった。

 不安になって正面から覗きこむと、あから

さまにプイッと顔をそむけるの。

 そしてまた顔が赤い。


 えっと……これって……?



「もしかして、ヤキモチやいてくれてるの?」



「!!」



 ストレートな問いが追い打ちだったらしく、

蒼くんは一瞬目を丸くして声をつまらせた。



「……すごいなお前。この状況で、その余裕」



「ちっ、違うよ。そんなんじゃなくて。希望

的観測! だったら嬉しいなぁ、って」



「嬉しいかあ? 俺は自己嫌悪以外の何もの

でもねーよ。自分がこんなに独占欲が強いヤ

ツだとは思ってもみなかった」



 テレ隠しにこめかみを引っ掻きながら、唇

を尖らす蒼くんは可愛くて。

 ずっと見てたいって思った。

 ああ。やっぱり好き。

 彼のそばにいると、私はこんなにも幸せな

気分にひたれるの。



 

「ありがとう……私ね。嫌われちゃったって

思ってたの。普通の女の子じゃ考えられない、

メンドウばっかりで」



 肩に寄りかかって素直に甘えると、蒼くん

は少し驚きながらも穏やかに答えてくれる。



「そんなの、今に始まったことかよ。もとも

とがフツウじゃねーんだ。今さら何を面倒く

さがる事がある」



「ふふっ」



「クリスマスイヴ、一緒に過ごすんだろ?」



「うん……」


 
 甘い声に脳がしびれた。

 大好きな人と迎える初めての聖夜。

 私にとって特別な日。

 でもそのキーワードは同時に、現実の世界

へと引き戻すの。  



「次の日の、お見合いのこと……は?」


 
 恐る恐る話題をふる。

 見上げる勇気なんてなかったから、ギュッ

と腕にしがみついた。

 蒼くんは「ああ」と頷き、力強い言葉を口

にする。

  
 
「最初に聞いた時は、現実味ねーって思った

けど。何かもう目冷めた。の一生の問題だ

ろ? 死ぬ気で阻止してやる」



「蒼くん……」



「とりあえずは天海の作戦に賭けて。万が一

うまくいかなくても次の手を考える。相手の

素性はつかんでるんだし、阻止できる可能性

は0じゃねーだろ?」



 そしてこちらに向き直り、両手で包むよう

に私の頬に触れた。

 これまで以上に熱っぽい眼差しにトロけそ

うになる。



「やっとこの距離まで来た。――好きな女を、

このまま黙って盗られるわけにはいかない」






 うわぁ……。

 『すき』って台詞、蒼くんの口から聞いた

の初めてじゃない?




 もう一度、聞きたいなぁ。

 もっかいだけ……。




「あの、そうくん……」



「!」



 私の欲を表情から読みとってか、蒼くんは

瞬時に手の平をスライドさせる。



「……勘弁してくれ」



 むぐぅ。

 口、ふさがれたぁぁぁ。




「とにかく、だ! 合コンはともかく、他の

男の家に1泊とか、お前じゃなかったら有り

得ねーから」



 ぶっきら棒に言い放って眉を上げ、一拍お

いてから声のトーンを下げる。



「……天海が。にとって家族みたいなもん

だってのは、十分納得してる。けど、あいつ

ってズバ抜けてんだろ? 男としてあーいう

完璧な奴がそばにいるのは、やっぱ焦る」



 だから今度こそ、しーちゃんに2人のこと

を話そうと言った。

 ちゃんと正面からお願いすれば、きっとお

父さんには黙っててくれる。むしろ私を泣か

せないように、味方になってくれるんじゃな

いかって。



「そしたら俺も、堂々と支えになれる。天海

ばかりに負担をかけるんじゃなくて、何でも

3人で闘えるようにすればいい」



 それは最強の盾だった。

 姫でない私を大切にしてくれる、初めて現

れた本物のナイトさま。

 蒼くんがそばにいてくれることほど、心強

いことはないの。


 私はありったけの想いをこめて、彼の手を

ぎゅっと握る。



「だいすき」
   

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