お昼ご飯をしーちゃん宅でごちそうになっ

て、3時前に私たちは解散となった。

 蒼くんの独り暮らしのアパートは、ここか

ら駅に向かって歩いて5分。

 反対方向の私の家には、もちろんしーちゃ

んが送ってくれることになった。

 後ろ髪ひかれる思いで蒼くんの背中を見送

り、重い足で駐車場にまわる。




「夜にもう一度、家に行くからさ。うーん、

10時過ぎるかな。八純はずみがいたらそう伝えて」



 人差し指にひっかけたキーリングを退屈そ

うに左右に揺らし、しーちゃんは白いレクサ

スのスモールランプを点滅させた。



「やだよぉ。自分でメールでも入れといて」
   

 不満たっぷりに唇を尖らせて、高めのヒー

ルをカツッと鳴らす。





 1週間前――奈良ちゃんガードの命令を受

けた日から、もうずっと八純とは顔を合わせ

ていなかった。

 高校生の弟とは普通だって、夜ご飯の時間

くらいしか一緒にならないんだけど。

 期末テストと仕事が重なって、私も慣れな

いオフィス勤めでグッタリで。ここんトコは

ドア越しに挨拶をすることもしなかった。



(それに……ね)


 今回の仕事を何の相談もなく私に押しつけ

たことが、実はずっとずっと心に引っかかっ

ていた。

 頭がよくて、優しくて。自分のことよりい

つも私優先! の、自慢の弟。

 八純のやることに間違いはないって、絶対

的信頼がある。

 それでも……。

 こんなにもカチンとくるのは、やっぱり。

 うん。寂しかったから。



(八純のお願いだったら、文句なく聞いてあ

げたのにっ!)


 そんなふうに子供っぽく拗ねて、私は何と

なくあの子を避けていた。






 車の助手席にゆっくりと乗りこむ。

 空気の冷たさにかじかむ手をこすり合わせ

ながら、エンジンをかけるしーちゃんの横顔

を眺めた。



「今からデート?」



 ここからウチまでは歩いて3分。

 バス通りの混みを考えたら、遊歩道を抜け

た方が早いのは歴然で。

 だから車を選択したのは私のためじゃなく、

次に約束があるからだって気づく。



「まあね。ディナーだけしたら戻ってくるか

らさ」



 しーちゃんはアクセルを強くふかし、左腕

を伸ばして暖房の設定温度を上げた。

 28℃というデジタル表示にぼーっと視線

をよせて、私は興味なく「ふ〜ん」と呟く。



「せっかくなのに、慌ただしくない? 八純

への報告なんて明日でも大丈夫なんだし、楽

しんでくればイイのに」



「そうもいかないでしょ。奈良橋さんの事に

くわえて、を帰さなかった言い訳もしな

きゃだし。八純とおじ様がそろう日も多くな

いしね」



「大変だねー」



 他人事のように耳から流した。

 けど数秒後、これとない名案が閃いて、私

はパッと表情を明るめる。



「だったら……ねっ! これからは色々、蒼

くんに任せちゃったらどう? 日常の私のガー

ドとか、報告とか。そんなの特に経験値いら

ないし。何よりしーちゃん多忙なんだから、

もっと蒼くんにお願いするべきだと思うの」
   

「お世話役もバトンタッチ、とかね〜」なん

て、冗談混じりで続けてみたのに……。

 しーちゃんはこちらをチラリと見ることも

なく、思いがけない低い声を響かせるの。





「あんま、縛りつけないであげたら?」



 ピピッと音がして、パネルの数値が再び

上がった。



「こんな世界に引き込んだ、僕が言うのもな

んだけどさ。蒼には出来るだけ負担をかける

べきじゃないと思うよ。最低限の仕事だけで

十分でしょ? この短期間でよくやってくれ

てるじゃん」



 予想外に真剣な物言いに、私は思わずオド

オドしながら苦笑ってしまう。

 えっと……そうなんだけどね。

 ここはもっと軽い感じに、「楽でいいかも」

って意地悪な口調で返すとこじゃない?

 不思議な気持ちで顔を覗きこむ。



「……あの……」



「妖力者の排除なんかに、一生を捧げる義務

はないってコト」



 前傾姿勢のままフワリと斜めに振り返って、

しーちゃんは眉を曇らせた。

 長いまつ毛が艶っぽく揺れる。

 こんなに近くにいるのに、瞳の奥が探れな

い。憂いの意味が分からない。

 
 

「忘れないで、。蒼は一族の人間じゃな

い」



「!?」



 言葉を失わずになんていられなかった。

 だってそんなの、前から知ってるよ。

 だからこんなにも好きになったんじゃない。

 何で今さら、改めて……?
   



 今日のしーちゃんはどこかちょっと違う。

 そう気になりながらもあえて突っ込まず、

私は自宅正門の前で車を降りた。



 クリスマス前の、最後の土曜日。



 今から考えればこの時、ちゃんと話をしと

けば良かったのに……。

 蒼くんと一緒にいることばかり考えてた私

は、大切な幼なじみを気遣うことができなか

ったんだ。


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