「――で、どうだったんだ? 今日の奈良橋
まつ子に、『妖人』の気配は感じたか?」
イルミネーションが煌めく地元の駅前通り。
私の到着をロータリーで待っていてくれた
蒼くんは、「お疲れ」の台詞に続けてそんな
コトを聞いてきた。
帰りにお茶して帰るね! って、蒼くんに
報告メールを入れたのが3時ごろ。
彼女を探るためにOLをやってる私が、プ
ライベートで接近する機会を作ったんだから。
何か成果があるはずって、期待するのは普通
かもしれない。
うわぁ……ごめんなさい。
初Hのノウハウしか得られませんでした。
そんな恥ずかしいことは口が裂けても言え
なくて、私はただ誤魔化すように笑う。
「……そうか。ま、無理はするなよ。お前が
危なっかしい事しでかすほうが、俺としては
心配なんだから」
小さく息をついて身を返し、蒼くんは私の
右手をさりげなくとった。
「冷たいな」
「あ、ゴメン。すっごい冷え症なの。蒼くん
は……あったかいね」
手をつないで歩くなんて、きっと恋人同士
のファーストステージ。
なのにまだまだぎこちなくて。いちいち嬉
しくて。
絡めた指先が緊張で動かなくなるの。
(……大丈夫かなぁ、こんなんで)
赤と緑で彩られたショップのウインドウを
眺めながら、『勝負の夜』を妄想して少しひ
るむ。
裸で抱き合って。
この清冽な瞳に見つめられて。
たくさんのキスを体中に落とされたら……。
(死んじゃうっ! 心臓が止まる自信あり!)
ああ、私ってば。今日は頭ん中、ずっとこ
んなのばかりなんだから……。
「――やっぱは。あーいうの、好きだよな」
脳内トリップ状態で、たまたま足を止めた
アクセサリー店。
私の物欲しそうな姿(?)を純粋に解釈し
た蒼くんは、店頭にディスプレイされてる輝
くモノを指さし、ふわりと顔を覗きこんだ。
「あんま慣れてねーから、かなり手こずって
る……けど。ちゃんと考えてるから。クリス
マスプレゼント」
ぷ……プレゼント!?
そっか、そうだよね。イヴにはそんなイベ
ントもあったはず!
しーちゃんに強請るのは毎年恒例なのに、
蒼くんから……なんて夢みたいで。
私は落ちつきなく首を横に振る。
「うれしいけど、ダメ。もらえないよ。だっ
てもう十分だもの」
そんなに一気に幸せになったら、罰が当た
りそうで怖い。
もっとゆっくり、じっくりでいいの。
「プレゼントは次にとっておく。だって今年
は一緒に過ごすでしょ? 分割でイイから」
「イヤ、分割って……。ねーだろ。普通」
蒼くんは吹きだすように笑って、前を向い
たまま繋いだ指先にギュっと力を入れた。
「じゃあ来年はどーすんだよ。再来年は?
の方式だと、一生渡せないことになる」
「あ……」
彼は何気なく、でもいつも的確に。私の心
の穴を埋めてくれる。
何があってもずっとそばにいる――。
そう言われたみたいで、胸がきゅんっと喜
びに震えた。
ああ。私この人が好き。
恋愛ゲージは日々増える一方なの。
「――って言っても今年は、どこで何したい
ってお前の希望を叶えるのは難しいかもな。
金曜だから会うのは仕事後で、遠出は厳しい
し。せめての好きそうな店で飯でもって考
えたけど、目ぼしい所は予約うまってて」
自宅近くのバス通りに差しかかる。
交差点を抜けて人波が落ちつくと、蒼くん
は歩くペースをさらに落としながら、イヴを
どう過ごしたいか聞いてくれた。
「……いっぱい、一緒にいたいな。できれば
もう、ぜんぜん知らないトコに行っちゃった
りとか」
「抱いて」なんて、さすがに口に出せない。
気づいて欲しくて、遠回しなアピールを試
みる。
「ふっ。知らない所か。そのリクエストは案
外難題だな」
蒼くんはまた声を出して笑う。
絶対、深読みなんてしてくれてない。
次の言葉でそれがハッキリ分かったの。
「の門限は11時だから……」
(……!)
何でそこを気にするの? 初めてのイヴだ
よ? 特別な日でいいじゃない。
私と朝まで過ごしたいって、蒼くんは望ん
でくれないの……?
「その日は、帰らないよ」
俯いたまま、足を止めずに呟いた。
蒼くんの反応は……ない。
車の音にかき消されたかもしれないと思っ
て、もう一度、今度はしっかり目を見て伝え
る。
「イヴの夜は蒼くんとお泊りするからね」
「!」
そんなに驚くこと?
彼は急に立ち止まり、今までにないくらい
目を丸くして私を見下ろした。
微かに動いた唇からは、吐息に近い声がも
れる。
「だから……。前にもこんな話したけど、
『泊まる』とか簡単に口にするなって。俺は
天海じゃないんだし。そういうのは、やっぱ
変に期待する」
期待?
それって蒼くんも同じ気持ちってこと?
「イイよ。してよ」
「ちょっと待て。お前にそれ以上言われると、
マジで……。いや、だって土曜は……」
「分かってるもん」
次の日はお見合い。
だからね。どうしてもその前にね。
蒼くんと『結ばれた』っていう御守りを身
につけたいの。
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