◆ 7.ターニングポイント
それから家の前に着くのはあっという間だ
った。
閉鎖的な高い壁と重い門。
いつもなら周囲を気にして距離をおくこの
場所で、私はまだ繋いだ手を離せないでいる。
『お泊り』の話題を、蒼くんは一度流そう
とした。
でも今回だけは負けたくなくて。私はそれ
に乗らず、静かに口を噤んだの。
蒼くんは困ったようにただ苦笑って、指先
に強い力をこめた。
居心地が悪いわけじゃない。だけど沈黙。
普段だったらいったん立ち止まるはずの街
路樹の横も素通りで、今日はこれ以上触れ合
えないのかなぁ……って思ったら、よけいに
立ち去りがたくなった。
私から「またね」を言わなきゃ、この寒空
の下きっといつまでも付き合ってくれる。
でも分かっててもできなくて、駄々をこね
るみたいに唇を尖らせて幼く見上げた。
「……反則だろ。お前のそれは」
蒼くんはプイッと顔をそむけて、少し声を
荒げる。
あ……とうとう怒らせた?
悲しいのと恥ずかしいので目が潤みそうに
なって、必死で堪えようと唇をかむ。
「ごめんなさい……」
「! 違う! 謝るな。そーじゃねーから」
泣きそうなの、バレちゃった。
慌てた蒼くんは落ちつきなく両手で空をき
り、「あ〜もう!」と自身を叱咤するように
高い声を上げた。
そして髪をグチャグチャとかきあげ珍しく
ハニかむと、正面から強く私を抱きしめる。
「じゃークリスマスイヴ、朝まで俺の家で過
ごすか」
耳元で囁かれたのは、欲しかった言葉。
触れた頬の熱さに、零れかけた涙が一瞬で
渇く。
「イイ……の?」
「ヤなわけねーだろ」
「でも……だって……」
「ただ、大事にしたかったんだ。のこと。
だから……まあ……そういうのは。ケジメを
つけてからだろって、そんな風に考えてて」
回された腕にまたちょっと力をこめて、蒼
くんは更に言葉を続ける。
「あんま翻弄すんなよ」
「え……」
「あんな大胆なこと言ってのけながら、子犬
みたいに目を潤ませるお前はズルイ。こんな
簡単に決心を鈍らせて、カッコ悪いだろ。俺」
葛藤を口にする彼の声は、切なげで。甘く
て。私の思考を停止させるのに十分だった。
今すぐ触れてほしい。
今すぐ触れたい。
2人の感情は同じ色に染まって、引き寄せ
られるように自然と唇を重ねた。
長いキス。
舌を絡めて、白い息を漏らして。
衣服の擦れあう音だけが耳に届く。
結界に閉じこめられたと勘違いした。
気持ちが膨れあがって、何も見えなくなっ
ていたの。
でもココは家の前だった。
門が開閉するときの鈍い金属音が響いて、
私たちはいっきに現実空間に投げ出された。
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