ホテル最上階に到着したのは約束の10分前。
支配人じきじきに案内されたお見合い会場は、想像と
は違うプライベート感漂うスイートだった。
まるで密会。
でも好都合かもって、私は胸をなで下ろす。
これなら何かあって大声で叫んでも、周囲の視線が痛
くない。
当たり前のように同行した執事の柏原に促されて、覚
悟を決めて部屋に入った。
早乙女さんって一体どんな人なんだろう。話の通じる、
温和な人だとイイんだけど。
もしお父さんみたいなワンマンタイプだったら……。
ううん。もうそんなこと言ってられない!
ココまできたら、見合い相手がどんな人かなんて関係
ないよ。バカな女の子になりきって、愛想をつかしても
らって。できれば向こうから断るように仕向けるの。
万が一それでもダメなときは、はっきりその気がない
ことを伝えるんだ。
お父さんの顔は潰すことになるけど。
お母さんにもまた迷惑かけちゃうかも……だけど。
それが今の私にできる精一杯なの。
(蒼くん……)
ギュッ。
ドレスの下に隠してつけた、チョウチョのネックレス
をこっそりと握る。
最強のお守り。
あ〜もお。早く彼のもとに帰りたい!!
シャンデリアが煌めく豪華なリビングルーム。
私たちが現れたのに気づき、するっとソファーを立つ
男の後ろ姿が見えた。
黒いスーツを着た、立ち姿のキレイな人。
お父さんに深々と一礼してから、ゆっくり振り返って
視線だけをコチラに延ばす――その凛とした横顔に呼吸
が止まるかと思った。
19年間生きてきて、こんなにも理解に苦しむ光景に
出会ったことはない。
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