「こんな日に何処をほっつき歩いていた。恥を知れ!」


 バシッ!!
 朝帰りをした私を見つけるなり、お父さんは怒号して
頬を平手打ちした。
 覚悟はしてた。世間体を何より気にするこの人が、穏
やかに迎え入れてくれるはずがないこと。
 でもその怒りが『家の子女の安易な行動』1点に注
がれているのが分かって、私は内心ホッとする。


(良かった。蒼くんのコトはバレてないみたい……)


 本当は強気に言い返してやりたかった。
 あんな一方的な命令を守って、戻ってきただけでも良
しとしてよ! って。
 けど玄関先で怒りに震えながら仁王立ちする主を、家
政婦さんたちがハラハラした様子で遠巻きにしてるのが
見えちゃったから……。
 私は唇をキュッと噛んで従順に頭を下げる。


「ごめんなさい……」
   

 左頬がジンジンと痛くなってきた。
 仮にも数時間後にお見合いを控えてる娘の顔に、何て
ことするのかなぁ。相変わらず容赦ない。
 昔から感情が高ぶると、すぐに手を上げる人だった。
 それが怖くていつもビクビクしてたの。
 あ〜何か急に思い出しちゃった。心が縮こまるような
このイヤな感情。

 !!
 そこまで考えて、お父さんに叩かれるのがずいぶん久
しぶりなことに気がつく。
 ……あぁ。そっかぁ。
 そうならないように前もって私を叱り、庇ってくれて
た人がいたわけで……。


(……しーちゃん……)


 毒舌を吐きながらも何だかんだ味方をしてくれる幼な
じみのことを、私はふいに思い出す。
 自分の幸せでいっぱいいっぱいで、仲直りすることを
後回しにしちゃってたけど。
 ホントすっかりメール来ないなぁ。
 さすがにもう怒ってないよね? 
 ほらその証拠に今回だって、ちゃんと蒼くんとのコト
お父さんに黙っててくれてる。


「…………」

 今さらだけど、仲直りしなきゃって思った。
 今日というピンチを自分自身でのりこえて、ゆっくり
ケーキでも食べながら武勇伝を聞いてもらうの。
 そしたらご機嫌もなおって、「よく頑張ったじゃん」
って笑ってくれるかな?




「30分で支度しろ」


 ボーっと突っ立ったままの私にこれ以上は時間の無駄
だと判断したのか、お父さんは家に上がることを顎先で
許可し、素早く袴の裾をひるがえした。


「様、お着替えはあちらです……」


 新人のお手伝いさんがオドオドしながら歩み寄り、バ
ッグを預かろうと両手を差しのべてくれる。
 それを笑顔で制し、私は廊下の向こうを指さした。


「先に、お母さんに挨拶だけしてくるね。大丈夫、すぐ
戻るから」

「……あ……あの……奥様は……」

「……!?」


 眉を下げて口ごもる彼女にピンときて、慌ててお父さ
んを追いかける。


「ねぇ、お母さんは……?」


 背中に向かって恐々言葉を投げた。
 彼は煩わしそうに首だけで振り返る。


「しばらく、実家に帰した」

「え……」

「あれはお前に甘すぎる。昨夜も連れ戻しに行けと言っ
たのに、頑として何も知らないなどと――」

「!!」



 ああ、ヤバっ。またやっちゃった。
 願うこととリアルはいつも遠いの……。


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