▽番外其の二   〜眩い出逢い〜 【蒼×主 20000hitキリリク】




 思い出とか記念とか、あんま残んねータチだけど。
 と出逢った時のことは、きっと生涯忘れない。

 『偶然が重なって必然となる』 

 そんな言葉が頭をかすめて、目の前が一瞬白くなったから――。









 大学2年の夏。
 ちょうど二十歳の誕生日を迎えた日。
 俺は阿呆みたいにデカイ家の居間で、『天主』と呼ばれた男と向かい合って座っていた。

 サイドには高校生とは思えない、落ち着きをはらったその息子。
 そしてやたら目つきの鋭い執事。
 並ぶ天海の存在が、ここまで有難いこともそうないだろうと思う。
 威圧感と緊張感に押しつぶされるように、俺は両膝をついたまま前のめりになった。


   







 「蒼の力、僕たちに貸してよ」

 物心ついてからひた隠しにしてきた、人とは違う『やっかいな能力』。
 見えないはずのモノが見えること。聞こえないはずの音を感じること。
 同じゼミだった天海はすんなりと見抜いて、裏側に押しこめてたソレに光を射した。
 バイトみてーなもん。軽い気持ちで誘いにのる。
 ……で今日、早くも後悔。

(こっちの条件出しといて、まだ良かったか……)

 ここに来てからじゃ、面と向かって啖呵切ることなんて敵わない。
 それくらい天海やコイツらのいる世界は、俺の日常とかけ離れていたんだ。





 契約がすんで居間を後にする。
 廊下から覗くは、玉砂利の日本庭園。

「これで蒼も、天力者の仲間入りだね」

 あまりの雄大さに半ばあきれて立ち尽くしていると、天海が追い越しぎわに肩を小突いた。


   


「ああ。構わねーけど」

 一応今日から、飲酒解禁。
 大学入ってから新歓だゼミコンだでさんざん飲まされてきたから、あんまピンとこねーけど。
 今日は何となく、1人でいても……って気分だったから、天海のラフな誘いは素直に嬉しかった。


「あのね、もう1人紹介しなきゃいけないのがいるんだ。ほら、さっきいなかったでしょ?」

「ん?」

「ウチのお姫様」

「そう言えば……」


 同じ大学のイッコ下に、この宗家の長女がいると聞いていた。
 俺なんかとは比べものにならない、強い力をもった尊い存在らしい。


「たぶん仮病。飲みって言ったら、すぐ降りてくるからさ」

「は!?」

「血族の集まりとか、仕事の話とか。ある限りの知恵しぼって、見え見えのウソで逃げるんだよね」


 おい! 責任ある立場のヤツが、それでいいのか!?
 イラッときて乱暴な言葉が口をついて出そうになるが、ふと目に入った天海の表情がびっくりするほど柔らかかったから。
 俺はフッと息だけを零した。



 
 ああ。なるほど。
 コイツの――ってわけか。





 『光の間』で待つよう指示を残して、天海は2階へと消えていった。
 閉ざされた白木の襖の前で後ろ姿を見送り、あいつがこの豪邸を歩き慣れていることに気づく。
 まあ、幼なじみの彼女の家ってことならアリか。
 でもちょっと想像つかない。
 普段の天海はモデルとかやってる、立ってるだけで派手な男で。周囲の視線をやたら集めるヤツで。
 どっちかっつーと見かけ重視の、ギャル系女を連れて歩いてるイメージがある。

 厳格な父親と出来すぎた弟をもつ、旧家の『姫』と呼ばれる1人娘。
 今後の仕事の一つでもある、俺の『ガード対象者』。……って。
 一体どんな女だよ!?


   



 いや。苦手云々どうだっていい。
 これは『契約』。
 俺はこの天力とかいう力と残り2年半の時間を代価に、自分と家族の生活保護を望んだ。
 やるしかない。

 俺は覚悟を決めて入口の襖を滑らせた。
 鼻孔をくすぐる井草の香りに心地よさを感じながら、1歩を踏み入れる。
 ――が、次の瞬間。
 目に飛び込んできた光景に、巧まずして絶句した。





   



 長机に落ちつきなく中腰になり、ケーキを手づかみで頬張る女がいた。
 しかもなぜか露出度の高い水着姿。
 長い髪をふわりと揺らし、こちらを真っ直ぐに見上げる。

「お父さんの……お客さま……ですか?」

 口元についたクリームをペロッと舐めとり、そいつは目を丸くしながら、でも冷静な口調でそう聞いてきた。


 お父さん?
 じゃあコイツが、例の姫?


 想像とは違う小さな生き物に、しばし釘づけになる。



 アーモンド形の大きな瞳。   
 
 透けるように白い肌。

 細っこい肩と腰。

           



 ――ってか、その前に。
 何でこの女、こんな格好でいんだよ?????!


                           


 慌てて視線をそらすも、時すでに遅し。
 姫は身体を小刻みに震わせながら、泣きそうな顔で立ち上がった。

 うわ、待て!
 泣くなよ。叫ぶなよ。
 見たのは不可抗力で、目が離せなかったのは本能だから!


 痴漢扱いで責められるのを覚悟して身構える。
 そいつはゆっくりとこちらに歩み寄り、俺のパーカーの裾を子供みたいにちょこんと掴んだ。
 そして上目づかいで意外なセリフを口にする。




   



 !? そっち!?
 いや、どーでもいいだろ。
 そんなことより心配すべきは、裸に近い無防備な姿を、赤の他人の男に見られたってことで……。

 でもそいつはわりと真剣で。
 こんな小せーことなのに、「バレたら怒られるの」とかって目を潤ませながら訴えるから。
 しばらくの沈黙の後、俺はこめかみを引っ掻きながら小声で返答する。


「別に。言わねーから安心しろ」

「……良かったぁ……」


 フッと緊張を緩め心底安堵したカオが、多少気になった。





 6帖ほどの窓のない和室に、薄い布1枚の女と2人きり。

(さすがにヤバイだろう……)

 いったん部屋を退出するべきか否か迷っていると、開けっぱなしの襖を素早く閉めて、姫は躊躇いなく俺の右腕をひいた。

「ケーキ好きですか? 頂きものなんだけど、私以外食べる人がいなくて」

 有無を言わさず隣りに座らせ、目をキラキラさせながら机にあった白い化粧箱をこちらに傾ける。

「ねっ、一緒に食べようよ。どれがイイ?」


 たしかに、甘いもんは嫌いじゃない。
 けど、フツウ食わねーだろ。この展開で。
 そう冷静に判断したにも関わらずスルッと手が伸びたのは、今日が『誕生日』という意識があったからかもしれない。

「サンキュー」

 色とりどりの中から、小ぶりのシュークリームを選んだ。
 粉砂糖がパラパラとこぼれるのを見て、彼女は声を出して笑う。
 屈託のない笑顔。えらく場違いなヤツだなと思った。
 まるで鷹の群れに混じる、人懐こいカナリア。
 ああ。何か少し、気が抜けた……。
 
 




 しばらくして遠くで、こいつを探す家政婦たちの声が響いた。

「あ、行かなきゃ〜。じゃあ、ごゆっくりね」

 逃げるように、でも残りのケーキはしっかり小脇に抱え。
 彼女は襖を細く開き、ひらりと身をひるがえす。

「おいっ、その格好で!? ちょっと待て」

 結びヒモ1本の背中が露になり、俺は思わず身をのりだす。
 裏庭に道場生らしい男たちが集まっていたのを思い出し、咄嗟に自分のパーカーを脱いだ。

「コレ、着てけ」

   


 背後から遠慮がちに手を回し、だいぶ大きめの上着を肩に羽織らせる。
 白い肌がすっぽりと隠れたのを確認しフッと息をつくと、彼女は首だけで振り返り戸惑ったような顔をした。


             
 



 ヤベー。引かれたか。
 良く考えればここは自宅。余計なお世話……なんだよな。
 羞恥の念にかられ、慌てて距離をとろうとした。
 でもコイツが返してきた笑顔が可愛くて、俺はふいに持ってかれる。




   


 眩暈がして。同時に確信した。

       



 俺の力の存在意義は、きっとココに在る――と。


 
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……というリクエストを頂きました。ありがとうございますっ。


お待たせしてしまってすみませ〜ん。もうすぐ半年って……。、ヽ`(~д~*)、ヽ`…(汗)
いつか書きたいな〜って思ってたこの2人の出逢いを、今回書かせていただきました。
なあなあになりがちな椎名にとって、とっても良い機会でした。感謝☆

紫苑さんに、捧げます。