◇第二章  1.――それでも   〜 蒼 〜  

 
 
 
 天海が振りおろした神剣の光彩が、目にやきついて離れない。
 圧倒的な強さ。揺るぎない自信。
 
 そして迷いなく、を抱きしめる――。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ベッドに転がったまま、カーテンの隙間から差しこむ朝日に目を細め。
 俺は朝一の働かない頭で、天井にかざした自分の右手をジッと眺めた。
 林の浄化が済んでから1週間、考えるのはいつも同じ事。
 
 
(このままじゃ駄目だ。……今のままじゃ、何も守れない)
 
 
 もっと強くならねーと……。
 
 
 
 布団を両足にはさみこんで、乱暴に寝返りをうつ。
 特に予定もない、12月最初の土曜日。
 やたら冷え込むこんな日は、昼まで寝てるのが一番だけど。
 
 
「…………」
 
 
 あの時の無力感を思い出すと、ただ体を休めてるわけにもいかなくなる。
 だからって、何をすればいい?
 『天力者』と呼ばれるだけの力をもちながら、役割を与えられないと動けない自分。
 答えを見つけられないまま、あっという間に時が過ぎた。大学とアパートを行き来するだけの毎日。
 
 
(……情けねーよな……)
 
 
     
 
 
 
 
 
 
 
 
 二度寝することを諦めて、俺は重い体をゆっくりと起こした。
 冷水で顔を洗い、鏡の中の自分と向き合って。
 ――また、天海のことを思い出す。
 
 林の浄化にすごいエネルギーを消費したはずなのに、アイツは次の日もピンピンしてたっけ。
 俺だったら間違いなく3日は嘔吐してるだろうに、何でもない顔でモデルの仕事も普通にこなしたりして。
 
 
 力の差を感じた。
 
 
 そりゃあ超えられるなんて思ったことはねーけど。
 俺も浄化を何度か繰りかえして、そこそこに自信があったのかもしれない。
 天海と肩を並べられる自信が――。思い上がりもいいところだ。
 
 
 
 
 ってなことも有り、俺はあの日以来に会うタイミングを失っている。
 
 
 天海の話だと正面から妖力を受けたアイツは、しばらく眠り続けたらしい。
 5日目には全回復して必修だけは受けてたみてーだけど、学内ですれ違うこともカフェテリアで会うこともなかった。
 
 メールぐらい入れようかって、散々考えてはみた。
 でも本家に毎日顔出してるだろう天海があいつの状態を事細かに報告してくれたから、今さら「体平気か?」も、ねー気がして。
 掴んだ携帯を、何度もパタリと閉じた。
 
 
 
(……を心配するのは、天海の専売特許だ。俺の出る幕じゃない)
 
 
 
 思い上がったとしても、最低限わきまえてる。
 そこまで阿呆じゃねーよ。
 
 
     
 
 
 
 
 
 
 
 
「あら、蒼。おはよう。朝ごはん出来てるわよ」
 
「……」
 
 
 そういえば、実家に戻ってきてたんだっけ……。
 
 
 
 あったかい味噌汁の匂いに誘われて、足は自然と1階の居間へ向かっていた。
 台所にたつお袋は忙しそうに鍋を揺すりながら、以前と変わらない様子でこちらに振り返る。
 
 現在住んでいる吉祥寺のアパートから、電車で約1時間半。アップダウンの多い横浜市が俺の地元だった。
 大学まで決して通えない距離じゃない。
 でも天力者として仕事をするには不便で、「学業に集中したいから」と親を説得して、この家を出た。
 
 
「おはよう」
 
 
 1人暮らしを初めてまだ3ヶ月だというのに、すでにこの家の空気が懐かしい。
 5人用のダイニングテーブル。いつもの席に座って、差しだされた茶椀に箸をつける。
 
 
「親父は?」
 
「お父さんは病院よ。今日は検査の日なの」
 
「ふーん。じゃあ、ひじりあんは?」
 
「聖は図書館に行ったわ、来週から期末が始まるからって。杏はお友達と約束してたみたいよ」
 
「そっか」
 
 
 短い会話のみで黙々と飯を食いだした俺に、お袋は呆れたような顔で向かいの椅子に腰を下ろす。
 
 
「もう。夜中に突然帰ってくるんじゃなくて、前もって電話ぐらい入れなさいよ。みんな会いたがってるんだから」
 
「ああ。悪い……」
 
 
 『浄化』が済んだタイミングでここへ帰ってきたのは、別に気まぐれってわけでもないんだが――。
 俺は戸棚の2段目に無言で手をのばし、しまって置いた銀行の封筒をお袋の前に差し出した。
 
 
「バイト代、入ったから」
 
 
 いらないわよこんなの……と予想通りつき返される。
 
 
「あなたは学生なんだから、家の事を心配する必要はないのよ。奨学金で大学に通ってもらえるだけで、もう親孝行なんだし」
 
「別に、心配なんかしてねーよ。割のいい仕事見つけて、思ったより収入あるから。今、俺が貯めてても仕方ねーし」
 
「だからって……こんなに……」
 
「聖の冬期講習代とか、杏の服を買ってやるとか。適当につかってくれよ」
 
「……蒼……」
 
 
 しばらく躊躇した後。ありがとう……と小さく頷いて、受け取ってくれたお袋。
 そのやりとりが妙に気恥ずかしくて、「次回は、書き留めだな……」と密かに決意する。
 
 
 
「――それにしてもあなた、何のバイトしてるの?」
 
 
 台所に戻って家事を再開したお袋が、ふとそんな疑問を投げかけてきた。
 
 
「ああ。大学で知り合ったヤツの紹介で……」
 
 
 妖力をもった人ならざるモノを、浄化して回ってるんだ――。
 ……なんて説明するのもどうかと思って、俺は視線も合わさずせわしなく飯をかきこむ。
 
 
「清掃業……だな」
 
 
 
 
 
 
 
 夕飯は食べてきなさいよ! と言い残して、お袋は慌しくパートに出かけていった。
 無意識のうちにテレビのリモコンを拾い、俺は居間のソファーにゴロリと転がる。
 その瞬間、背中に何か固いものが当たるのを感じた。
 
 
(……携帯、か? やべぇ。半日、ここに置きっぱだ)
 
 
 仕事の連絡が入ってたらどうするつもりなんだよ……俺。
 プロ意識の低い自分にあらためてウンザリしつつ、横になったままの姿勢で液晶画面に視線を落とす。
 
 
 着信は0。メールは1件。
 カチャカチャとやる気なく受信ボックスを確認し――。
 その相手に、思わず驚いて体を跳ねおこした。
 
 



   【  蒼くんおはよー。この前はおつかれ様でした〜。       あれから体調はへいきですか?          】
 からだった。  時間は1時間前。絵文字だらけのらしい・・・メールに、つい顔がほころぶ。  体調は……って、心配なのはお前の方だろ。   そんな短文で返してみると1分後、今度はアニメーションつきのメールが送られてくる。
   【  私は元気だよ〜。       ヒマでヒマで、朝からTVばっかり観てるの。       今ね、冬のスイーツ特集やってて。すっごく食べたくなっちゃって♪  】
 スイーツ特集?  つけっぱなしだった居間のテレビに、ふと目をやった。  ああ。これか。和栗のパフェに、チョコレートのモンブラン……。ははっ。アイツが好きそうなやつばっかだ。  離れた場所にいるくせに同じものを見てる。そんな感覚に居心地の良さも感じつつ、「うまそうだな」と続けると……。  30秒後、思いがけない一言が返ってきた。
   【  もし時間あれば、今日いっしょにリオンに行ってくれませんか?  】
   リオン――。ああ、がよく行くケーキ屋の名前か。そっか、俺が実家にいるなんて知らないから。  【悪い。今、横浜で……】 そう打とうとして、ハッとあの約束を思い出す。  ―― 林の浄化がすんだら、私とデートして ――  『デート』って響きに躊躇いがあって、気にはなってても忘れたフリをしてた。  でもあの時の礼はちゃんとしたくて、が望むならどこかに連れてってやりたいとも考えてる。 (横浜……か)  観覧車に展望台。この時季だったらイルミネーション。  ちょっと寒いかもしんねーけど、海を眺めながら散歩して。疲れたら近くで、甘いものとか食って……。  が好きそうなことのオンパレードじゃねーか。  そう思ったら胸が高鳴って、『天海』という存在を振りかえることなく携帯のボタンを連打してしまう。    【  桜木町まで、来れるか?  】  からのレスは最短記録の7秒後。  満面の笑顔が想像できる、それまで以上に絵文字多めの文面。  
   【  うん、行くよ〜♪ 今すぐ準備するからね  (*⌒▽⌒*)ノ  】
 クッ。なんか、本当。らしい、よな。        待ち合わせは午後3時。ランドマークタワーのある、桜木町の高架下で。  10分前に現れたアイツは俺を見つけるなりバタバタと走りより、1m手前でいったん息を整えた。 「うわぁ、蒼くんゴメン。トイレがやけに混んでて……」  風ではねた前髪を気にして、細い指で何度も撫でるみたいに整える。  その仕種がやけに可愛くて――。 「久しぶり」の一言も口にできず、ただ見つめ返してしまった。 「蒼くん……? あの……」 「……あ、悪い…………」 「うぅっ。もしかして……この髪型、ヘン? ハーフアップっぽく結ってみたんだけどぉ……」  見え隠れする白いうなじ。  落ち着かない様子で数度いじりながら、上目づかいでテレ笑う。 「いや……変じゃない」  むしろ、そういうの……。 「好きだ」  「ありがとー」と明るく答えるとはクルリと俺に背中をむけて、奥に見えた観覧車を指さしながら甲高い声をあげた。 「蒼くん、後でアレ乗りたい!!」  俺のニットの袖をひっぱり子供みたいにはしゃぐと、着ていたワンピースの裾がふわりと揺れる。  黒地にボルドーのアンティークなそれは、のやわらかい雰囲気によく似合っていた。 「また、蝶だ。本当、好きなんだな」  後ろ肩にとまったように描かれた刺繍を見つけ、思わず呟く。   「あ、コレ? この前のご褒美にしーちゃんに貰ったヤツなんだけど、さっそく着てきちゃった。初おろしだよ〜」 (ああ。これが……)  天海からもらった服をうれしそうに着て、無邪気に俺に微笑みかける。  おい。いったいどこまで天然なんだよ……。  分かってたことだけど。初っ端から、苦笑いがこぼれた。  なー、。  いつの間にか、どうしようもないくらい惚れてた――とか言ったら、  お前はどんなカオで、俺を見る?    つかの間の休息。  冷たい潮風を頬にうけながら、俺はゆっくりと半歩前を歩く。  寄り添うことが許されないなら、せめて楯にでもなれればと思って。               
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