「いやいや。今朝はホンマにありがとーな。

ココはあたしの奢り! 遠慮せんと、好きな

もん食べて」



 会社近くの喫茶店。

 お昼休憩に入るとすぐ、「ねー、一緒にお

昼食べへん?」って、奈良橋さんは私をラン

チに誘ってくれた。

 勢いのある関西弁と人懐っこい笑顔におさ

れ、ちょっと戸惑いながらイタリアンハンバ

ーグセットを選択する。




「おおっ。さんって、見かけによらずガッ

ツリ系なんやね。なんかお上品に、たらこス

パゲティとかを、クルクル〜って食べてそう

なイメージやのに」



 一見、キツクもとれるような物言い。

 しーちゃんみたいな男の子と一緒にいる私

は、たまに取り巻きの女の子に含みたっぷり

の言い方をされることがあるんだけど……。

 たぶんこれは違う。厭味は少しも感じない。


   

「ぜんぜん食べるよ。雑食なの。パスタも好

きだけど、今日はお肉って気分で」



「あはっ。あたしも同じ。午後も仕事あるし、

お腹ふくらませんともたんモン。うん、それ

メッチャ美味しそうやん。あたしも同じのに

する。……あ、お姉さんすいませ〜ん!」



 彼女のとおる声が、一発で店員さんをつか

まえた。


(……奈良橋さんって……予想してたのとぜ

んぜん違う)



 小柄な体にお似合いの、明るいボブヘアー。

 ナチュ系のお洒落メイク。

 常に忙しそうに動く手足と、口を大きく開

けて笑う屈託ないカオ。

 見かけで判断しちゃイケナイけど。

 心の奥なんて、そう簡単には探れないけど。

 とても『妖力者』に狙われるような、闇と

隙のある人には見えない。



「ん? 何? マジマジと人の顔見て」


 メニューを閉じた奈良橋さんにそう振られ、

私は慌てて視線を外す。



「あ、ううん。何でも……」



「はは〜ん。実はさん、『百合系』なんと

ちゃう? あたしが倒れたときも、何やすご

いスピードで駆けてきて、ムギュッて抱きし

めてくれたって聞いたで」



 ……えっと、ユリ系ってなんだろう?

 困ったときは話を合わせろって、しーちゃ

んが言ってたけど……。


 同意するべきか迷って口ごもると、彼女は

吹き飛ばすように私の肩をバシッと叩いた。



「冗談やって! そんなんマジに考えんとい

て。笑うわ〜」


「??」


「な〜、それよりあたし。倒れた時パンツと

か見えてへんかった? いやなぁ、今日のは

違うねん! 朝、急いでて……。たまたま赤

い毛糸のパンツなんて、洒落たもんを……」



「ええ? 毛糸!? ……あ、ぜんぜん大丈

夫だったよ。見えてないです。ちゃんと膝つ

いてたし」



「ホンマ? 良かった〜。見られてたら今頃、

いいネタやったわ〜――って、あたしが自分

でバラしてどないすんねんっ」



 1人ツッコミをした後、今のは内緒やで!

と念押しする彼女はまるでTVの芸人さんみ

たいで、私は思わず声をあげて笑ってしまっ

た。



(何かこの人、カワイイ)


 クルクル変わる豊かな表情。

 ノリのいい会話。

 初対面でこんなに壁を作らない人に、私は

出会ったことがない。


(なんて魅力的な女の子なんだろう)

   



 『妖人』であることも、『仕事』をしてい

ることも忘れて、私は奈良橋さんと一緒の時

間を楽しんでしまう。


 周辺を探らなきゃ、とか。情報を得るチャ

ンスじゃん、とか。

 何もないで帰宅したら、しーちゃんに怒ら

れるよーってこととかも、ぜんぶ忘れちゃう

くらい。

 彼女とのお喋りは、笑いの渦に巻かれっぱ

なしだったんだ。



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