「お久しぶりです、月島さん。8月以来――

かな? 今回はお疲れ様でした」


 回収したタマの『受取』が済むと、弟の八

純は肩まである黒髪をサラリと揺らし、いつ

もの大人びた顔で笑った。


 グリーンのブレザーに同系色のチェックの

パンツ、朱色のネクタイ。

 都内屈指の名門校、秀麗院(しゅうれいいん)の

制服がやたらしっくりくる反面、まだ高校生だと

主張するそれに妙な違和感を感じる17歳。

 何度『兄』と間違われて、情けない思いを

しただろう。


 
「……ああ。はい……」


 蒼くんはまだ緊張した面持ちで、ただ短く

そう頷いた。

 年下だと分かっているのに、クダけて話し

をするのが躊躇われる。そんな雰囲気をもっ

た男の子に、言葉少なくなっているみたいだ。



   

「蒼くーん。敬語とかナシでいいんだよー。

お父さんじゃないんだから」


 気を乱さないようにと距離をおき、襖の前

で猫座りをしていた私だったけど、そんな姿

がほっとけなくてつい声をかけてしまう。


「……」


 蒼くんは顎をあげてこちらを向くと、ちょ

っと困った顔をした。


「……イヤ。さすがにそういうワケにもいか

ねーだろ。相手は『天子様(てんしさま)』なんだし……」


「えー。関係ない、関係ない! 実際、蒼く

ん、私のことだって呼び捨てでしょ? 」


「そりゃまあ、そう言っちゃそうだが。お前

は仕事とは別っていうか、何というか……」


「八純はね、友達の弟! そう思えばイイん

じゃないかなぁ?」


「……思えばって……」


 私が笑いながらそう提案すると、蒼くんは

更に複雑な表情をし、向かい合って座ってい

る八純に視線を投げる。


「姉さんの言う通りですよ」


 八純はふわりと品良く笑んだ。


「弟、もしくは仲間だと思って接してくれる

ことを望みます」


 苦手だと言っていた『天主(てんしゅ)』とは

正反対の柔らかな物腰に、蒼くんはいつもの落ち

着きを取り戻したようだった。


「分かった。そうさせてもらう」


 ピンと張りつめていた部屋の空気が、一気

に優しい色に変わって――。


 改めて、こういうことのできる八純こそが、

『上に立つに相応しい器』って言うんだろう

なぁ……と再確認する。


 自慢の弟。


 私は「うう〜っ」と背筋を伸した。



   


「わーい。やっと終わった! ねー、お茶に

しようよ。何かお腹ペコペコで〜」


 緊張感のない甲高い声をあげて2人に歩み

寄った私に、蒼くんはかなり気の抜けたカオ

をする。


「……あのなー、お前は何を見てた。まだ報

告が終わってねーだろ。今回の事件と、今後

のことも話さなきゃなんねーし」


「え、そうなんだぁ。でもそんなの、オヤツ

とか食べながらすれば良くない?」


「オヤツって……。この状況下で、よくそん

なセリフが……」


「ん? そう? だってせっかく蒼くんが遊

びに来てくれたんだもん。だったら、せめて

一緒にお茶だけでも……」


「……遊びにって…………」


 呆れて次の言葉が出ないといったように、

語尾を濁らせて髪をクシャリとかきあげる蒼

くん。


 あらら? ちょっとハシャギすぎた?

 でもプライベートで少しでも仲良くなりた

い恋する乙女としては、ココは絶対に引けな

いところ。


「ふふ。姉さん、もう少し待って」


 思いのかみ合わない、私たちのやり取りが

ツボだったのか、八純は珍しく声をたてて笑

った。


「まずは月島さんから、今回の妖力者(ようりょくしゃ)

のことを聞きたい。お茶はその後で、必ずオレが

場を用意するから。ゆっくりと楽しむ――という

ことで、いいかな?」


 なだめられる様に制され、私は唇を尖らせ

て不満を滲ませる。


「は〜い……」


 でも『出来過ぎくん』の弟にそう言われち

ゃ、従わざるを得ないよね。

 こういうところが、妹に間違われる原因な

んだろうか……。


  
「……ったく。お前の存在が、ありがたいよ」


 蒼くんが口元を緩ませて、そんなことを呟く。


「ん?」


 意味はよく分からなかったけど、その表情

がすごくリラックスしたものだったから、私

は嬉しくなって素直にその場に座った。





「ではまず、妖力者と顔を合わせてから浄化

を終えるまでの、状況を教えて頂けますか?」


 八純(はずみ)が改めて尋ねると、蒼くんは

一瞬視線を斜めに上げて、ゆっくりと昨夜の事

を話し始める。


 3人でゴハンを食べた帰り8時半ごろに、

地元である吉祥寺きちじょうじの繁華街で偶然はちあわせ

たこと。

 2週間前に一戦交えていたため、お互いす

ぐに存在を悟ったこと。

 最終的に近くの神社に追いつめ、9時すぎ

には浄化まで至ったこと――。


 八純は時おり頷きながら耳を傾け、そこま

できて初めて、「9時か……」と独り言を口

にした。


「この妖力者の外見的特長は、何か覚えてい

ますか?」


「50歳前後の、男だった。身長は170く

らいで、中肉中背で。どっかの社長っていう、

風格のあるどっしりした構えの……」


「ロマンスグレーって、感じだったよね?」


 そう私が口を挟むと、八純は人差し指でヒ

ラリと空を切り、こちらへ真っ直ぐに視線を

延ばす。


「そう言えば、姉さんもその場に居合わせた

んだっけ。どう? 他に感じたことはない?

そうだ、髪の色はどうだったかな?」


「髪の色……?」


 何でそんなことを聞くのかと不思議に思っ

ていると、蒼くんがつかさず返答した。


「黒だった。白髪混じりの、黒いオールバック」


「あ、そうだったね! うん、羽交い絞めに

された時、ヘアーワックスの匂いがプンプン

してたもん」


 私たちの言葉に、何か引っかかるものでも

あったのか、八純は眉を寄せて急に黙り込ん

でしまう。

 そして数秒後、左手を胸にあてて静かに瞳

を閉じ、唇をゆっくりと動かした。



「……昇れども抜けられない、深い闇……。

それが何層にも続いていて、いつまでたって

も頂上に行き着けない……」



 八純が内で探っているのは、浄化した霊魂

の心根。

 何を求め、何に負かされて妖力者となった

のか。身体に受け入れた『タマ』から、ゆっ

くりと辿っていく。

 そんなコトができるらしい。



「オレの感じたところ、『強欲の妖力者』と

言ったところかな。……実際にその者に触れ

た姉さんは、どう見た?」


「……どうって……」


 突然ふられて、思わず口をまごつかせる。

 
   

「わ、私には、分かんないよ。八純みたいに

強い力を持ってるとかじゃないもん」


「そんな事はないんだけど。姉さんは自分で

思っている以上に、濃い血統を受け継いでる

わけだし」


「うわ〜ん。そーゆーこと言わないでよ〜!

キライなの知ってるくせに〜」


 ヤメテ! やめて! と、子供みたいに全

身で否定した私の肩を、八純はなだめるよう

にポンッと叩いて「ゴメン」と苦笑いする。


「でも何? どうしたの? 浄化もできたん

だし、もう終わったはずでしょ?」


 すでに天に昇った妖力者のことを、こんな

ふうに掘り下げる必要はないはず。

 それに、さっきから微妙な反応を繰り返し

てるし……。


「黒髪の、50前後の男……。夜8時半に、

ここ吉祥寺(きちじょうじ)」


 八純は暗号みたいにそう口にすると、すで

にイヤな予感をにじませていた蒼くんに、フ

ッと視線を上げる。


「月島さん。残念ですが今回の事件、まだ終

わったとは言えないかも……」


「……!」


 ピリッとした空気が、再び流れたのが分か

った。

 
 そんな時、東側の廊下で、若いお手伝いさ

んが襖越しに声をかける。



「八純様。紫己様がお見えになりましたが、

こちらにお通しして構いませんか?」


 そう言えば。

 しーちゃんのこと、すっかり忘れてた。

 寄るところがあったみたいだけど、ずいぶ

ん遅かったような……。



「――帰りがけに、オレが頼みごとをしたん

だ。少し、知りたいことがあって」


 私が怪訝に思っていることを表情から読み

とったのか、八純はそうフォローを入れた。


「うん、でもちょうど良かった。しーちゃん

も揃ったし、この件はもう一度頭から……」


 ぐぅ〜ぅ。


 言いかけた八純を遮ったのは、何とも情け

ない私のお腹の虫。


 うわぁ。この場で。

 っていうか。蒼くんの前で。

 ずいぶん可愛げない音が……。



「あはっ……」


 照れ笑いするしかない私を見て、蒼くんは

クッと笑いを堪える。


「お前ってヤツは」


「ごめんね……」


 私はバツ悪そうに振り返り、すがる様な目

で弟に助けを求めた。

 クスクスと笑いながら、ゆったりと立ち上

がる八純。


「じゃあ、テーブルのある光の間(ひかりのま)へ移動。

姉さんの言う通り、オヤツでも食べながらにしようか」




 そして私は羞恥と引きかえに、恋心とお腹

を満たせることに……。



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