潜入先である職場の最寄駅で、大学帰りの

蒼くんと待ち合わせて帰る。

 2人きりで過ごせるこの唯一の時間が、私

の毎日のエネルギー。

 報告3割。デート気分7割。

 ちょっと寄り道してゴハンを食べたら、あ

っという間に夜の9時で。

 まだまだ一緒にいたい私は、たかが1日の

別れを惜しんで、駄々をこねるの。

 自宅前まで送ってもらった後も、繋いだ手

にギュッと力をこめたりして。



「……でも、マジで。今日もお前に何もなく

て良かった」



 そんな私の気持ちをちゃんと理解して、蒼

くんは足を止めても、会話を途切らせずにい

てくれた。



「日中もそればっか気になって、かなり心臓

に悪い」



 うわ……。

 それって、いつも私のことを考えてくれて

るってこと?

 サラッとすごいこと、言ってるんだよ?

 ドキドキする。



「うん、ありがと。でもこのままじゃ、なか

なか戻れないね」



 奈良橋さんと出会ってから4日。あの日

以来、特に変わった様子はない。

 それでイイはずなんだけど、引き際も見え

なくて。

 祟峻につながる確実な何かが欲しいお父さ

んに、昨夜はチクリと厭味を言われた。

 手ごたえのない毎日に、焦りを感じる。



「……年内は、もう大学に来るのは無理そう

だな」



 蒼くんがポツリと呟いた。

 来週から本格的に冬休みが始まる。

 授業によってはもう締めのものもあって、

今月に入って欠席の多い私は、すっかり遅れ

をとってしまった。



「年明けすぐに、試験期間突入だよね。どー

しよ。ノート集まるかな」

   


 何があったって、本分は学生。

 1年生で単位を落とすわけにはいかないよ。



「一般教養パンキョウでかぶってるヤツは、俺の使えば

いい。どうにかなる。あとのゼミや必修は、

天海が根回ししてるみてーだし」



「しーちゃんが?」



「ああ。あいつの人脈には、いつも驚かされ

る。んとこのゼミの助手から直接、資料か

なんか受け取ってたぜ」



「ふふっ。さすが年上キラーだっ」



「年上に限らず、だろ」



 私たちは顔を見合わせて笑った。

 ――だけど。

 しーちゃんの名前が出たことで、それは乾

いたものとなるの。





 家への召集命令があった、あの日。

 しーちゃんに2人のことをちゃんと報告し

よう! って決めてたのに。

 お父さんに仕事とお見合いを強要された私

は、それどころじゃなかった。

 動揺もあったし、その後バタバタしてたの

もあったんだけど……。

 何より、「しーちゃんには絶対に話せない」

って、強く思ってしまったんだ。



 しーちゃんにとって、うちのお父さんは絶

対君主。

 あんな状況になった以上、きっと黙認なん

てしてくれない。



 お父さんにバレたら、きっと蒼くんとこう

やって会うことさえ反対される。それどころ

か、大学を辞めてすぐに子供を産め! なん

て言い出しかねない。

「……だから、秘密にして」

 咄嗟に私は懇願した。

「事態の悪化だけは避けよう」

 蒼くんは優しく抱きしめてくれたけど――。





「ごめんね。しーちゃんには隠し事はしたく

ないって、言ってたのに」

   


 唯一の心念を曲げさせてしまった。

 コソコソ付き合うなんて、蒼くんが一番望

まないこと。

 申し訳なくて、泣きたくなる。



「気にするな。タイミングが悪かっただけだ。

今後のことは、2人で考えてこう」



 付き合って早々のメンドウ事に、彼は一歩

も引かずにいてくれた。

 やばい。ホント、好き。



「蒼くんっ」


 繋いだ手だけじゃ足りなくて、さらに腕に

しがみついて甘える。



「どーした?」


 泣いてると思ったのか、ちょっと慌てる彼。



「充電っ。明日も頑張れるように」



「……。ったく、お前は……」



 蒼くんはポリポリとこめかみを引っ掻いて

テレ笑ったあと、「いくらでも」と耳元で囁

いて、額にキスを落とした。




 帰りたくない。

 でも、そろそろお別れの時間。

 あんまり遅くなると、怪しまれる……。




 家の入り口にもう一歩足を進めたところで、

私たちは周囲を気にして自然と距離をおいた。

 和風構えの家の閉塞的な門を、まじまじ

と見上げた蒼くんは、ふーっと大きく息をつ

く。



「……相変わらず、デケーウチ。んで、お前は

ココのお姫さんなんだよな…………」



 一瞬、表情を曇らせて――。

 その後、躊躇いながら言葉を続ける。



「クリスマスの……お見合いのこと。何か、

分かったか?」



 私は静かに首を横に振った。


「しーちゃんがね、どうにかしてくれるとは

言ってたんだけど……」



「情報なし、か」



「うん、でも何かしら策があるんだと思うの。

ほら、しーちゃんてばそういうとこプライド

高いし。無理なことは絶対に口にしないから」



「確かにな。でも一体、どうする気で……」



「大丈夫だよ。最悪、私が断ればイイだけの

話だもん! 相手の人だって、そうなれば別

に、私に固執する必要はナイわけだし」



「…………」



 蒼くんはそれ以上何も言わず、ただ小さく

苦笑った。

 そして話題を変えようと家の敷地内に視

線をのばし、母屋の手前にある――灯りのつ

いた建物は何か? なんて尋ねた。



「あれはね、うちの道場だよ。ほら、古武術

なんてものを教えてるって言ったでしょ? 

別に天力者みうちとかだけじゃなく、一般の生徒さ

んも出入りしてて……」



 そこまで説明して、ハッとする。
 
 木曜日はお休みのはずなんだ。

 ってことは……。



「あっ、しーちゃんが来てる! お見合いの

こと、何か分かったのかも!」



 話を聞いてくるね! と、一気にテンショ

ンを上げた私とは裏腹に、蒼くんは驚いた顔

をした。



「……待て。こんな時間に、天海って……」



「え? ……あ、そっか。今から話すと、蒼

くんへの電話報告が遅くなっちゃうね。寝ち

ゃう? だったらメールにするよ」



「……いや、そーじゃなくて。そーいう問題

じゃなくて……」



「ん?」



 蒼くんの戸惑いに、いまいちピンとこない

私。

 彼は深いため息をつく。



「……別にイイ。そこは仕方ねーって、自分

でも分かってるし」



 独り言みたいにそう呟いてから、片手で私

の頭をひきよせる。 



「ただ、そんなあっさり行くな。そこの敷居

を、俺は天海みたいに軽く跨げないんだから」



 蒼くんの胸に顔を沈めて、思いがけない甘

い声を訊いた。

 鼓動がトクッ トクッ って響いてきて、

切なさと愛しさでいっぱいになるの。


   


「蒼くん……好き」





 初めての彼氏。初めての恋愛。

 声が震えても、言葉にせずにはいられない

この想いを、私は一生大切にしてくんだから。



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