◆    3.昼のジャック 夜のジョーカー



「な〜。合コン行かへん?」



 朝一の仕事が一段落した、午前10時半。

 社員さんがいっせいに外出したあとの、静

かな営業室。

 隣りのパソコンでデータをまとめていた奈

良橋まつ子さんからのお誘いは、思いもよら

ないものだった。

 その前の質問で「今日ヒマだよ」と答えて

しまってる私には、今さら逃げ場はない。



「えっとぉ……」

   


 もともと私は、彼女と親しくなることを目

的にココに潜入してるんだ。

 周辺を探ること。情報を得ること。

 できれば事情を話して、妖力者の浄化に協

力してもらえれば最高。

 そんな私にとって、職場を離れての接触は

またとないチャンス! のはずなんだけど……。



「合コン……ですか?」



 NOの選択肢なんかないくせに、つい返事

を濁らせてしまうのはソコだった。

 だって合コンって、出会いの場だよね?

 彼氏いる子は行っちゃダメって。じゃない

と「俺も」とかって、浮気の確率が高いって。

 今月のCHARA――ガールズファッショ

ン誌――に、書いてあったよ。


(蒼くんにされたら、ヤダもん。でも……)


 乙女な気分で戸惑う。

 そんな私をよそに、彼女はホクホク顔で話

を続ける。



「しかもな〜、相手はお医者様なんよ。名づ

けて『医者コン!』。もちろん全部むこうモ

チやから、飲み食いに走ってもOKやで」



 えっと……。ソコは喜ぶとこなのかな?

 合コン経験0の私は、返しに困ってとりあ

えず笑ってみた。



「何や、苦手やった?」



 いまいちノッてこないのに気づいて、怪訝

そうな表情で頬杖をつく。



「そういうわけじゃないよ。奈良橋さんから

のお誘いは……」



「『ならちゃん』でえーって、言ったやろ。

おない歳なんやし、センパイとか社員だとか、

気ぃつかわんでって」



「あ、うん。じゃあ、奈良ちゃん――からの

お誘いはうれしいんだけど……。合コンって

いうのが、ちょっと……ね」

   


 仕事も忘れて、素になって口ごもった。

 それにピンッときた彼女はわざと目を細め、

ニヤニヤしながら座っていた椅子をこちらに

向かって滑らせる。



「は〜ん。カレシ、おるんね?」



 サラサラのボブヘアーが踊るように跳ねた。

 そう確定されて聞かれちゃったら、曖昧な

返事はできないよ……ね?

 素直にコクンと頷くと、奈良ちゃんはちょ

っと意外そうな顔をする。



「勘、はずれたわ。てっきりフリーやと思っ

てたのに」



「……なんで?」



「う〜ん。からはメスの匂いっちゅーの

を、感じへんかったからかなぁ。……あ、も

しかしてつき合い浅いんとちゃう? まだな

んやろ。いろいろと・・・・〜、な?」



 ニヤニヤしながら含みのある言い方をされ

て、私は思いっきり赤面してしまった。



「キ……キスぐらいはあるもん……」

   


「ぷっ。別にこの場でバラさんでもえーって。

ってかわい〜な〜」



 笑いとばされて、蒼くんのことをちょっと

突っ込まれたりした。

 でも少しして、奈良ちゃんは腕組みしなが

ら眉間にシワをよせる。



「そっか。はラブラブのカレシもちなん

やなぁ……」



 その険しい表情を見つけて、私は我にかえ

る。

 潜入前に、しーちゃんに言われていたこと

を思い出したの。



『異人種にならないようにね』


 女の子同士が仲良くなるには、同類になる

のが一番早い。

 歳が同じ。趣味が同じ。環境が同じ。

 特に恋愛に関しては、その傾向が強く見ら

れるから、なるべく相手の現状に合わせるよ

うに――って。

 つまり奈良ちゃんが彼氏募集中なら、「私

も!」って言わなきゃいけなかったってこと

だよね?


(うわ……選択肢まちがえた!?)


 焦りながらイイワケを頭で巡らせていると、

彼女は予想外の台詞を口にする。



「……それなら、なおさら。今夜はに来

てもらわなね」



「?」



「実はな、今日の医者コン。あたしの好きな

男が幹事なんや」



 急にしおらしくテレ笑った。



「それって、彼氏?」


 久しぶりのガールズトークに、私はワクワ

クして身をのりだす。



「ちゃう! まだカレシとかやないのっ!!

でも狙ってってん。だから今日は、気合入れ

なあかん日で……」



「うん、うん」



「せやからなぁ、姑息やけど……。カレシ持

ちの子が来てくれた方が、助かるってゆーか」



 うわ〜。

 キッパリハッキリな奈良ちゃんを、こんな

ふうにモジモジさせちゃう男の人……。

 見てみたい! っていうか、応援したいよ。

 もちろん初めから断るつもりなんてなかっ

たけど、そういう話なら楽しめそうな気さえ

した。

   


「行くよ〜、私。合コン参加する」



「でもカレシに気がひけるんやろ? 無理さ

せて、こじれてもなぁ……」



 最後のところで気をつかうのが、彼女らし

い。

 それでも私が「大丈夫」を繰り返すと、意

を決したような強い眼差しになって、人差し

指をビシッと突き刺しながら声をあげた。



「なら、コレは先輩命令や! ここで長く働

きたいんやったら、今日はあたしにつき合う

よーに!」



「……??」



 演技くささいっぱいのソレに、私はきょと

んとした目を向ける。



「……どしたの、急に。センパイとか関係な

いって、さっきまで言ってくれてたのに」



 奈良ちゃんは厳しいカオを緩めて、ニコッ

と愛らしく笑んだ。



「いやな。職場の先輩にイヤイヤ連れてかれ

た〜ゆーたら、カレシも納得するんちゃうか

と思って」



 えっと、だから。大丈夫だってば……。

 真実を伝えられないことにジレンマを感じ

つつ、爆笑せずにはいられなかったよ。


 彼女の恋がうまくいきますように。

 そしていつか、大好きな蒼くんを紹介でき

ますように……。



 この冬4人でお鍋パーティー、とか。

 スノボ行こうよ、とか。

 ワクワクするような計画を、声を弾ませな

がら立てる奈良ちゃんの隣りで、私も幸せな

妄想を広げたんだ。



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