待ちに待った、お昼休憩。

 営業二課の女子5人と駆けこんだビル1階

のファーストフード店で、私はテリヤキバー

ガーとポテトを20分で流しこんだ。



「なんや、メッチャ早いやん」


「うん。電話、入れてくるね」


「は〜い〜」



 奈良ちゃんとそんなやりとりをして、一足

先にお店をあとにする。

 上階には戻らず、向かいにあるこじんまり

とした公園に入り、空いていたベンチに控え

めに腰をかけた。



(蒼くん……。この時間なら、学食だよね)



 12月の寒さにかじかむ手を擦り合わせな

がら、携帯電話を握りしめる。



 合コンのこと、行く前に話しとかなきゃ!

とか。メールで伝えるのは、感じ悪いよね!

なんて。

 正当な理由をこじつけて、冷えた指先でリ

ダイヤルを押す。

 ホントのホントはね、蒼くんの声が聞きた

たかっただけなの。


 トゥルル トゥルル トゥルル


 無機質な呼び出し音が途絶えるのを、私は

ドキドキしながら待っていた。



 ブツッ


『もしもし……』


 
 5回目のコールで繋がって、まず耳に飛び

込んできたのは背後のザワつき。

 賑やかな学食のいつもの席で、ミネラルウ

ォーター片手に携帯をとった蒼くんの姿が自

然と浮かんで、妙に愛しい気持ちになる。



「あ、蒼くん。お昼もう食べた? あのね、

ちょっとお話したいことがあって……」

   


 静かな場所に移動できる? って問いかけ

て、次に響く低音に硬直した。



『なに? ……』



 ん……? ?

 耳馴染みのいい声。

 こんなふうに私を呼ぶ人なんて、1人しか

いない。



『もしもーし、聞こえてる? 僕だけど』



「え? えぇ??」


  ……しーちゃん!?



 驚いた勢いで、思わずベンチから立ち上が

ってしまった。


(ぎゃぁ〜! 間違った!?)


  
 画面で発信先を確認してみるけど、通話相

手はちゃんと蒼くん。

 意味が分からない。



「なんで、しーちゃんが出るの!?」



『何でって……着信がだったからさ。今、

トシーズビバレッジ潜入中でしょ? 緊急事

態かと思うじゃん』



 どうやら蒼くんは携帯を忘れて、午後の授

業の準備に向かっちゃったみたい。

 だからとりあえず僕が出たんだけど――と、

あっさり答えるしーちゃんに、私は言葉をつ

まらせた。


「あ、そうなんだ……」



 相手が蒼くんじゃないと分かって、動揺が

隠せない。話も続かない。

 それにカチンときたのか、しーちゃんは声

のトーンを一段下げて電話越しにつめよる。



『仕事中に、わざわざ蒼に・・何か用?』



 うわ……。落ち着かなきゃ。

 蒼くんとのこと、絶対に悟られちゃダメ。

 あくまでも自然に。事務的に……。

 全身の毛穴から汗がふきだしそうになるの

を何とかおさえて、私は合コンに誘われたこ

とを報告した。

 19時に新宿。相手はお医者さま。その中

に奈良橋まつ子さんの好きな人もいるみたい

なんだって、とこまで。



『ふ〜ん。親しくなるチャンスじゃん。参加

してきなよ。にとってもイイ経験になる

し』



「う、うん……」



『――あ、間違っても。彼女が気に入ってる

男に言い寄られたりしないようにね。必要以

上には近づかないこと。あとは飲みすぎない。

お酒弱いくせに、は調子にのるからさ』



「わ、分かってるもん」

   


 いくつになっても子供扱いするしーちゃん

が、今回ばかりは疎ましい。

 早く切りたくてソワソワして。私は無意識

に近くにあった常緑樹の葉をむしり取る。

 「じゃあね」のタイミングを見計らって、

ベンチの上に意味もなく葉っぱを並べている

と……。

 少しして背後の雑音が急に途絶えて、代わ

りにカチッとライターの着火音が聞こえた。

 喫煙ルームに入った?

 しーちゃんが人気のない場所にわざわざ移

ったことで、イヤな予感がめぐる。



『……で。何で僕じゃなく、蒼なわけ?』



 あ……。逃がしてくれる気、ゼロ。



『そういう話だったら、まず僕に電話してく

ればイイんじゃない?』



 不機嫌そうに吐き出した煙が、なぜかリア

ルに苦い。




「だ、だってしーちゃん。今日、撮影って言

ってなかった?」

   


『今日はオフ。っていうか、聞かれてないか

ら教えてないし』



「そーだっけ? ほら、忙しいと思って! 

でも誰かに報告しとかなきゃ、マズイでしょ?

だから蒼くんに……ね……」



『…………』



 無言の返答が痛かった。

 沈黙が重くて、思わず息をとめる。



『あ、そう。じゃあ、終わる頃メールしてよ。

迎えに行くからさ』



 しーちゃんはフッとため息をついて、そん

な予想外の言葉を口にした。



「ええ!? 何で、別に大丈夫だよ〜!」



 もしかしたら帰りに、蒼くんと会うかもし

れないのに〜!

 淡い期待を捨てられなくて、思わず声を張

り上げるけど……。



『はぁ? お持ち帰りでもされる気? 僕以

外の誰が、を家まで届けるわけ?』



 そう怒ったように返されて、これ以上つっ

ぱねるわけにもいかなかった。

 けっきょく蒼くんの声は、聞けなかったの。



 そしてそのまま会場入りとなって……。


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