「初めまして。朱理しゅりでーす」



 男女4:4で始まったばかりの合コン。

 自己紹介の場で自惚れとかじゃなく、私だ

けを見て笑った男の子がいた。

 賑やかな金曜日の居酒屋で、思わず1人フ

リーズする。



(ハンカチ王子!?)



 向かいの席で、屈託なく八重歯を見せる彼

に見覚えがある。

 赤い髪。親しみのあるタレ目。派手可愛フ

ァッションを厭味なく着こなす、小柄な体型。

 数日前に青波大学せいはの学食でぶつかった男の

子に間違いないって確信して、サーッと血の

気がひいた。



 どーしてこんなとこで!?

 素性を隠してること、バレちゃう!?



 今さらだけど日差しをよけるみたいに目元

を隠し、斜め前の奈良ちゃんまで視線をのば

す。



「ねえ、今日の相手ってお医者さまじゃなか

ったの? どう見たって学生さんじゃ……」



「ん? 何かゆーた?」



 ヒソヒソ声は彼女までは届かず、代わりに

『朱理』が答えてくれる。



「あ、オレだけ医大の1年なんだ。今日はセ

ンパイ方と一緒ってわけで」



「……そう、なんだ……」

   


 バッチリ目が合って、もう苦笑いしかでき

なかった。

 

 朱理の方はね、何事もないみたいに普通な

んだ。

 もしかしたら覚えてない……のかもしれな

い。たまたま構内でぶつかった女の子のこと

なんて。

 あれ? でもちょっと待って。

 青波大学に医学部はないよ……ね。



 つじつまが合わなくて困惑する私は、乾杯

のビールが配られたことにも気づかない。



「ハイ。ちゃんも、持ってね〜」



 そんな私に強引にジョッキを握らせて、朱

理はそっと顔を近づけてくる。



「君んとこの学食、安くてウマイで評判イイ

んだよ。これからもお世話になりま〜す」



「……!」


 ドボン確定に、目の前が一瞬暗くなった。

 

 



 1時間で生チュウ1杯とカクテル2杯。

 普段よりハイペースなのに酔えないのは、

朱理から目が離せないでいるから。

 生まれて初めての合コンだっていうのに、

私はずっと冷や冷やしていた。

 隣りで話題をふってくれるお兄さんの話も

ぜんぜん頭に入らないし、奈良ちゃん達の輪

に混ざることもできない。

 学生ってことをバラされたら、どう言い訳

しよう……。

 そればかりが頭をめぐって、喉がカラカラ

に乾く。



 朱理は空気を読むのがうまい人だった。

 合コン慣れしてるのもあるんだろうけど、

誰とでもうちとけて、どの輪にも溶け込んで。

 カワイイ笑顔で笑いをとるの。

 童顔に似合わず大人。頭の回転も速い。

 だからこの場で、「学生がもう1人まじっ

てま〜す」的なことは言わないだろうけど……。

 反対に、弱みを握られてるみたいで落ちつ

かない。



「、これ食べてみ。なかなかイケるで」



 どんどん口数が減っていく私を気遣って、

幹事の奈良ちゃんは自分の席をたった。

 変り種のヤキトリを数本串ごと持ってきて、

空っぽの取り皿に並べてくれる。



「楽しめへん?」



「そんなことないよ、楽しいよ。初合コンだ

から緊張しちゃってるだけで」

   


 場を盛り下げるわけにはいかないから、無

理にでも笑顔をつくった。

 奈良ちゃんは安心した表情を見せて、私に

そっと耳打ちする。



「うふふっ。ほなに、ネタ渡しとくわ」



「……ネタ?」



「あのなぁ。昼に話したあたしの好きな男、

アイツやで」



「え!?」



 彼女の熱っぽい視線は、間違いなく朱理だ

けを捕らえていた。

 座っているのに、思いがけず立ち眩む。

 聞くと、会社近くのスタバでぶつかって、

ハンカチを借りたのが切っ掛けらしい。


(私の時と同じじゃない!? 軽っ!!)



 ナンパの常套手段は偶然? それともテク?

 奈良ちゃんの恋を応援するつもりが、不信

と不安が募るなんて最悪だ。




 トイレに行ってくる……と、奈良ちゃんは

席をたった。

 1人になった私は頭ん中グチャグチャで、

もうどうにでもなれっ! な気分で、手にし

たグラスを一気に空ける。



「すいません。コレ、もう1杯お願いします」



 背後を通りぬけた店員さんをタイミング良

くつかまえ、5杯目をオーダーした。

 周囲に合わさず飛ばす私を見かねてか、朱

理は静かに近づいて横の椅子にストンと腰を

下ろす。



「ちゃんってばお酒強いんだ。でもそん

な飲み方したら、後からくるよ〜」



 うわ。顔近いってば。
   

 癒し系の瞳に、警戒心がちょっとだけ緩む。



「大丈夫ですから、向こういってて下さい」



「うっわ〜冷たいな〜。前にも言ったでしょ、

好みだって。ま〜、お嬢サマな子が乱れるの

も萌えるし。吉祥寺までなら送ってくから、

ガンガンいっちゃってよ」



 彼の言葉に一気に酔いが冷めた。

 お嬢さま? 吉祥寺?

 この男の子はいったい、どれだけ私のこと

を知ってるんだろう……。



「そういえば初対面から、私の名前呼んだよ

ね? 何で?」



 覚悟を決めて正面から睨みつけると、朱理

はほお杖をつきながらフッと鼻をならした。



「青波大学せいはに半年近く出入りしてれば、黙っ

てても耳に入ってくるよ〜。人気モデル、

天海紫己の彼女ホンメイでしょ? 有名だって」



 物怖じすることなく見つめ返し、さらに言

葉を続ける。



「なおかつ武蔵野に大豪邸をもつ、旧家の正

統派セレブ。なかなかの美人。天海紫己だけ

じゃ足りず話題性のあるもう1人のイケメン

も従えて、いつも同じ席でお昼を食べる……

ってなれば、興味もつなってのが無理でしょ〜」



 セレブ? 従えて?

 だいぶ誤解があるみたいだけどぉ……。



 柔らかい表情のまま、悪びれもなく言って

のける朱理。

 人当たりと物言いが背反する彼は、どこか

しーちゃんと同じ匂いがした。

 人を手の平で転がすタイプ。

 悔しいけど、勝てる気がしない。


「…………」

   


 朱理は他人ひとのヤキトリを許可なく一口食べ

てから、「おいしいよ。どうぞ」なんて残り

をこちらに差し出した。

 男女の距離に不慣れな私は、赤面しながら

も全力で否定。

 なのに怯むことなく、フニャッと口元をゆ

るめる。



「――でも。こーゆートコに来るってことは、

オレにもチャンスあるわけだよね?」



 無邪気な笑顔に、甘いコトバ。


(この状況で、何でよ……)


 反応に困って顔を右にそむけた。

 そこにトイレから戻ってきた奈良ちゃんと

視線がぶつかる。




『間違っても、彼女が狙っている男に口説か

れたりしないように』



 しーちゃんの忠告を今さらながらに思い出

して、冷や汗がでてきた。

 奈良ちゃんに誤解されちゃダメ。疑われち

ゃダメ。せっかく親しくなれてるんだもん!


 水面下で朱理の腕を鋭くはらい、毅然とし

た態度を見せる。



「そのイケメン彼氏はね、武道の有段者なの。

(ウソだけど) そんでもって私はトシーズ

ビバレッジの派遣OL、23歳なんですっ」



 恋人がいることを暴露したうえで、めいい

っぱい牽制。そして口止め。

 普通の人ならドン引きするような迫力で、

キツく突き放してやったのに……。

 朱理は一瞬目を丸くした後、お腹をかかえ

て大声で笑うの。

 何で!?



 初合コンは最悪。

 居心地がわるくて、早く帰りたいだけだっ

た。



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