◆    2.読めない心


「……何で。そんな事になってんだ?」


 初詣でにぎわう、元旦の湯島天神。
 延ばし延ばしになったお見合いの報告に、蒼くんは驚
きと困惑のいり混じった複雑な表情を浮かべた。

「ご……めんなさい……」
   

 つないだ手を離されないように、ギュッと力を入れて
握る。
 ウエスティンホテルに現れたしーちゃんのこと、ずっ
と伝えなきゃって思ってた。でもメールとか電話で話す
のはやっぱり怖くて……。
 会えない日が続いたまま、一週間が過ぎてしまった。

 『早乙女さんとのことは大丈夫』

 それだけを聞いていた蒼くんが、言葉を失うのは無理
もないの。


「全然、大丈夫って感じじゃねーよな。この状況。むし
ろ俺には、悪化してるような……」


 こめかみをポリポリと引っかき、うーんと小さく唸る。
 あ、ヤバイ。……困らせちゃった。


「ごめんね……。お見合いをハッキリお断りして、今度
こそ私たちのこと、しーちゃんに報告しようって決めて
たのに。なんか余計メンドウになっちゃって……」

「謝るなよ。お前は悪くない。で、それ以降天海とは何
か話したか?」

「ううん、特に何も。OLの仕事もギリギリまであった
し、年内はバタバタしてたから」


 ――なんて、本当はただの言い訳だった。
 あれから頭の中ずっとグチャグチャで、しーちゃんと
は顔を合わせたくなくて。
 メールも電話も、思わず着信拒否してる。
 だって何を知ればいいの?
 19年間幼なじみで家族で、守護役だったしーちゃん
が、突然『婚約者』になるなんて意味が分からない。


(蒼くんと付き合ってるって、バレたはずなのに……)


 気まずくなった日からもう半月、まともに口をきいて
なかった。これはさすがに新記録かもしれない。
 私だって分かってはいるんだ。いつまでも逃げてるわ
けにはいかないって。
 でもしーちゃんが何を考えてるのか、予想も妄想もで
きなさすぎて……。
 ふぅ。
 思わずため息をこぼしてしまう。
 それに気づいた蒼くんは包むみたいに肩を抱き寄せ、
私の頬に指先だけで触れた。


「……。冬休み明けに、俺が天海と話してみるから。
だから……そんなカオするな」

「あ……」


 心配そうに眉を下げる彼を見て、私こそこんな表情を
させちゃいけないって思う。


「べ、別に平気だよぉ。相手がしーちゃんなら怖くない
もん。ケンカの延長って感じ? 私が勝手な行動ばっか
とるから、ムカついて仕返ししてきたのかもね」

「……。無理しなくていい。お前がここんとこ元気ない
のは、電話越しでも気付いてたし」

「あはっ、ホント違うよ〜。しーちゃんの事でヘコんだ
りなんてしないって! 蒼くんが元気ないって感じたん
なら、それは別のことで……」


「じつは奈良ちゃんがね」と切り出し、私は彼女の恋が
成就しなかったことを話した。
 クリスマスイヴを一緒に過ごしたくせに。
 朱里も気持ちを分かってて、たぶんやるコトは……し
っかりやったくせに。
「つき合わへん?」
 って改めて告った奈良ちゃんに、アイツはいけしゃあ
しゃあと、
「ごめんなさい。そーゆーのはムリ」
 なんて答えたらしい。 ムカツク!


「ねー、蒼くん。男の子って、好きじゃなくてもHでき
ちゃうもんなの?」

「え!?」


 私の唐突な質問に、蒼くんは一瞬ギョッと目を見開く。


「いや、まあ。そういう奴もいる……かもな」

「何で? 身体だけつながって、何が楽しいの?」

「楽しいってより……出来るんだよ。たぶん本能で」

「本能? それって体が勝手に動くってこと? どうや
って?」

「! あのなー。ってか、俺に聞くな! にそんな
小動物みたいな目されても、返答に困る」


 テレ顔を隠すように片手で覆い、黙ってくれとばかり
に私の頭を胸に押し沈めた蒼くん。
 大好きな人の体温を額に感じることができて、高ぶっ
ていた感情がスッと冷めた。
 同時に、視界の曇りも晴れる。


「うわぁ、ゴメン。私ってばこんなトコで……」


 お賽銭に並ぶ長蛇の列。
 気づけば微妙に注目を浴びちゃってる。
 守ってくれる力強い腕に甘えながら、私は人波にのっ
てゆっくり前に進んだ。


「お前のことだから、ただ心配なんだろ? 友達が」

 蒼くんの優しい声に、コクンと頷く。
 だって奈良ちゃん、「それでも嬉しかった」なんて言
うの。もう少し頑張ってみる、って。
 そこは怒るとこじゃないのかなぁ。
 だって言い方悪いけど『カラダ目的』って感じだし、
聞いてるコッチでさえ腹がたってしょうがないのに。
 彼女は何でまだ、そばにいたいと思うんだろう。
 そこにある幸せって、どういうものなんだろう。
 …………。
 私にはそういう気持ち、今のところ理解できない。


「朱理みたいなイイカゲンな男に、奈良ちゃんはもった
いないよ」


 拝殿の最前列にやっと到着した。
 ジャランと誰かが鳴らした鈴の音にあわせて、私たち
は一緒にお賽銭を投げいれる。


「恋は盲目、っていうからな。今は誰に何を言われても
止まれないんじゃねーの?」


 蒼くんは意外なセリフを口にした。
 私は驚いて顔を上げる。


「だから、今はまだ見守ってやれよ。ふと周りが見えた
時に、お前が手を引いてやればいい」

「あ……」


 柔らかく瞳を細めた彼が、すごく大人っぽく見えた。
 蒼くんのこういうとこが好きなの。
 仕事、とか。『天』と『妖』とか。
 そんなの関係なく、真っ直ぐに優しい。
 
(わたし、この人のそばにいたい……)

 彼の隣りは居心地良くて、穏かな普通の女の子でいら
れるんだ。

「うん、そうだね!」
   

 みんなが幸せな1年になりますように――。
 たった100円に目いっぱいの願いをこめて、私は深
々と神様に一礼した。
 

「そろそろ、帰るか。送る」

 午後4時の空はまだ白く明るかった。
 蒼くんは時計を気にして何度目かで、私の背をそっと
押す。

「……」

 大学生のカップルがバイバイする時間じゃないよね。
 颯爽と手を引く彼が、ちょっと恨めしい。
 けど、そうさせてるのは私の事情で……。

「ゴメンね……」

 今日何度目の、ゴメンだろう。
 ブーツに跳ねる玉砂利に視線を落としたまま、繋いで
ないもう一方の手を蒼くんの腕に絡みつかせた。
 近ごろお父さんの監視が厳しい気がする。
 今日も何でもない日だっていうのに、夜ゴハンを家で
食べるように命令してきたりして。

 貴重な時間なのに。
 蒼くんともっとラブイチャしてたいのに。
 でも……。
 この恋と蒼くんを、天主から守ることが最優先。
 絶対にバレるわけにはいかないの。
 

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